11-4 親友

「お前がうらやましいのさ、俺は」


 ムンムはいっきに掘り進んだかと思うと、また手を止めて休憩し始める。僕は「そうかい」とつれない返事をしながらも、ひたすら手を動かした。


「おう、うらやましい。お前、頭もいいだろ、俺には分かるぜ」

「そう」そりゃ、大概の奴はムンムより賢い。

「おう。で、俺はお前がうらやましい」


「ありがとう」

「いや、礼はいい」


 よっこらせとムンムは腰をあげると、服についた砂を払う。


「お前はいい奴だよ、ルギウス。俺はお前の親友だと思ってる」

「そう」と僕。


 ムンムはこの返事が気に入らなかったようだ。「なんだよぉ」とすねた顔をする。僕は友達という間柄や距離感にうとかった。実際、僕は隊の連中とはほとんど会話はしない。伝達事項があればするが、あいさつも軽い会釈ですます。


 ムンムだけは、ああいう調子のいい奴なので抵抗なく僕に話しかけ、話が噛み合ってなかったり、独壇場の演説状態の会話でも気にしないので自然といっしょにいることが多くなっていた。けれど親友というワードが突然ぽろりと出てくるとどう反応していいのか分からない。


 僕はひたすら穴を掘り続けながら、ムンムの次の反応を待っていた。彼は「ちぇっ」と言って作業に戻ったが、とろとろとしたやる気のない態度だ。


「お前さあ、もしかして女に興味ないのか?」

 僕はムンムの方を向いた。じっとこっちを見ている。

「もしかして……、こっちか」


 意味深なポーズで探りを入れる視線つき。それでも無視していると、ムンムは「俺、お前ならゆだねてもいいかなって思うよ」とやや真剣みのある声で言い出すので砂を顔にぶちまけてやる。


「ぺっ、口に入ったじゃねぇか」

「バカ言うから」


 いや、お前は雰囲気が出てんだよ、とまだ言うので、埋めてやろうかと砂をかけまくる。ムンムは逃げ惑うと、膝をついて詫びた。


「すまんて。つぅか、あれだよな。お前、子供とばかりいるよな。そっちの噂も立ちそうだぞ。気づいてるか?」


 子供といるのは楽しかった。つるを編んで王冠や首飾りを作ってあげると女の子だけじゃなく男の子も喜んだ。彼らといるとソレイユと遊んだときを思い出してしまうが、小さい頃のことを思い返すのは苦痛が少なくて柔らかい気持ちになる。


 だから、ムンムが言うように子供とばかりいたかもしれない。意識していたわけではないが、変に勘繰られるのも嫌なもんだ。ムンムは口が軽そうなやつだが、案外信頼も出来る部分もあるので、僕はつい口が滑った。


「思い出す人がいるから嫌なんだよ、歳の近い人は」

「おっ、なんだ。興味深いぞ。話してくれ」


 ムンムは歯をむき出してにいっと笑う。僕は苦笑した。


「話すことはない。それより手を動かせよ」

「なんだよ、隠すな。親友だろ」


 どこまで本気で言っているのか分からない言葉に、僕は肩をすくめる。ムンムは「話せよぉ」とくねくねと身を躍らせた。


「幼馴染っていうのかな。そういう人がいるんだよ」


 僕は手探りながら口にした。ソレイユのことを話したいような秘密にしたいような、そのどちらでもある気持ちだった。


「美人か」ムンムがはしゃぐようにして言う。

「まぁ」

「どんな感じ」


 哀願するように手を合わせて「詳しく説明しろ」という彼に笑いが込み上げてくる。純粋というか、無垢であけすけな興味に抵抗感が薄れた。


「頭のいい人だよ。才能があって」とちょっと間をあけて「美人だし」と言った。ムンムは鼻の穴を膨らませて「それから」と食いつく。


「元気だな、うん。走るのも速いし、木なんかするする登っていくんだ。それでいて服が汚れると嫌がるという」


「うーん、なんかイメージしづらいぞ。美人なんだよな?」

「ああ、町一番の美人だよ」

「うひょっ」とムンム。下品な喜びようだ。


「髪の色は、目は? 美人にもいろいろあんだろ」

「こげ茶だな」


 ふっと目に浮かんで、焦る。泣きそうになり、慌ててムンムから顔をそむけた。緩く波打つ長い髪。ふわりと柔らかく、僕の顔をくすぐった。指先に絡めてから梳くとさらりと滑る。あの瞳。僕を見上げる目。


「会いたいか?」

 ムンムがそっと言った。気遣ってるようだ。

「まぁね」

 僕の声はかすれていた。

「待っててくれてんのか?」


 一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。

「いや……」と答えて、言葉が見つからない。


 波の音が嫌に耳につき、潮の匂いが記憶を刺激した。

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