11-3 南国

 連隊は河岸沿いから四キロほど奥にあるヤシ林に駐留した。細長く幾つかの島が連なった諸島のうち二番目に広いココボン島に僕は九か月間いた。年中暑くて湿気がひどい場所だ。内地から運ばれてきた食糧はすぐに傷みだしカビが生えてくるので、ほとんどが現地調達になったのだが、手に入るのは芋や果物くらいで、肉はまず食べられず、魚が捕れても上官たちの口に入るばかりだった。


 連隊は指揮班の本部と四個の中隊で編成されていた。僕は二年目の一選抜で上等兵になり部下二十名を従えるようになっていたが、島には古参兵と先輩、あとは僕ら同期兵しかおらず、下っ端には変わりなかった。


 この頃は敵機の空襲は重要基地だけに限られていたので、物資輸送や警備、ジャングル地帯の探検などの任務についていた僕らは比較的安全で、空に戦闘機が見えても、ゆっくり見物して好き勝手にわめき散らしていた。


 二機が並んで飛行していくことが多かったのだが、それをおしどり夫婦のようだと中隊では呼ぶようになって、変な愛着を持つまでになっていた。みな家族が恋しかったのだろう。


 僕も見かけるたびにソレイユと見た案山子を思い出していた。彼女が親子のようだといい、僕には夫婦に見えた案山子だ。田園に立つ案山子と、海上の空を二機で行く戦闘機は和やかさがまったく違うにも関わらず、なんの抵抗もなく記憶を呼び覚ましていく。


 島には現地民もいて、軍馬の世話や、なんとかまともな食事にありつこうと作った畑もどきの世話をしていると、ふらふらと見学に来ることがあった。いかめしい本部の連中がいないと彼らも陽気で親し気に話しかけてくる。


 特に子供は抵抗がないらしく、余暇にはいっしょに遊び、片言ながら会話も楽しめた。肌の色が南国特有の濃い色をしていたが、顔立ちはそれほど僕らと変わらず、親しみを覚えるのに時間はかからなかった。


 ただ僕は同じ年頃の女性を見るとソレイユを強く思い出してしまうので、なるべく避けて過ごしていた。それでも興味をもたれるらしく、ジャングルから採ってきたらしい果物や手製の装飾品を渡されたり押し付けられたりする。


 あるとき、同期で年齢も同じムンムというやつが、にやけ顔で「選び放題だな」と言って茶化してきた。彼とは入営時から同室でなんだかんだで一番親しくなっていたのだが、悪い奴でないにせよ、少し頭が弱い男だった。


 特に寝相が悪く、わざとではないにしても、蹴ったり、どついたりするので、僕は深夜に目を覚ますことがあり、うんざりしていた。なるべく離れて寝たいのだが、他の隊員も寝相のことは知っているので上手く抵抗できないうちにムンムの隣は僕という定説が出来あがってしまった。


 ムンムは誰にでも気さくに話しかける性格で、隊では人気者のお調子者だった。古参兵には嫌がらせを受けていたし、入営したばかりの頃は二年兵のいい餌食になっていたのだが、腐ったりしないところは大した根性で、僕はひそかに尊敬もしていた。


「ティティナちゃんなんか、かわいいよな。あの胸とかさ」


 ジェスチャーつきで胸の良さを語るムンムにはげんなりする。無視していたが、気づかないらしく長々と細かい説明まで始める。僕らは砂浜に穴を掘っていた。何に使うのかは知らなかったが、とにかく掘れとの指令。このあとまた埋めろと言い出すような気もしたが、黙々と二人で作業するのは楽な仕事のうちだったので文句はなかった。


「カハナちゃんもいいけどな。でもレギ軍曹のお気に入りらしいから手を出したらヤバいぜ、ルギウス。向こうはお前に色目つかってくるけどな」


 レギ軍曹は海に手榴弾をぶん投げて爆破させ、それで漁をした男だった。大漁だと喜んでいたが上官に見つかり、結局は下っ端のせいにした。制裁だと言って、適当に選んだ三十人をずらりと並ばせると、ひとりずつビンタしていき、手が痛くなってくると靴底で殴る。上には媚び、下には偉ぶるといった典型的な嫌われ軍曹だった。


「ママスちゃんも将来が楽しみだよな。あと五年、いや三年で――」

「手ぇ動かせよ」嫌気がさして注意する。


 ムンムはだらしない顔でにへらっと笑うと、真面目に手を動かした。

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