11-2 暮らしぶり 940年(19歳)
二年目には外地に連隊が移動することになり、僕は南国に行くことになった。外出日も近場に出て散歩するくらいだったのだが、さすがにシレーナに戻り、ハンナや神父に会いに行った。
僕の音信不通ぶりをハンナはなじったが笑顔で迎えてくれ、暖かい気持ちになる。二人はもちろん町も変わりなく、ソレイユの屋敷を見に行ったが、虚しくなるだけですぐに引き返した。
ハンナはソレイユと手紙のやり取りをしているようで、何通か見せてもらえた。彼女の字を見るとそれだけで涙が出そうになり、耐えるのが難しい。内容は日頃の生活のことばかりで、読んだ限りでは充実した日々を送っている様子だった。
ソレイユは軽症ということもあって、パルという収容された患者が一週間ほど入り、他に病気がないか、症状の程度などを診察する施設で手伝いをしているらしい。消毒や着替え、あと幼い子を連れてくる母親もいるようで、その子たちのお守りもしているとあった。
島内には学校もあり、子供を多くいるらしい。園芸部や手芸部なんかもあるようで、同じ年頃の友達もいるようだった。ソレイユの字は生き生きとして見えたし、丁寧ながら率直な語り口には顔がほころんだ。
でもハンナが言うには、兵営と同じように手紙は検閲され、送られてくる荷物なども全部確認しているようで、どこまで好きに書いているのかは分からないらしい。ハンナはこの一年に二度、ロンイルに出向いたのだが親族ではないという理由で会わせてもらえなかったらしい。
「態度が悪いったらないのよ。ソレイユのお父さんですら一度しか会わせてもらえてないんですってよ。それにあそこからの手紙だっていうだけで、途中で捨てる人もいて届かないこともあるし。過剰すぎるったらないわ」
「でも、ソレイユは元気なんだよね」
僕はおずおずと聞いた。予想通りハンナは鼻を鳴らして言った。
「自分で会いに行ったらどうなの。手紙も出さないで」
「そうなんだけど」と僕の言葉はしぼむ。
「まったく、薄情な子だね」
「そんなわけじゃ」
ハンナはまた盛大に鼻を鳴らすと、がちゃんと大きな音をさせて皿を置いた。久しぶりにみる立派な肉のかたまりに驚く。
「どうしたのさ。珍しい」
「外地じゃまともに食事もとれないらしいからね。お祝いとは言わないけど」
「果物ばかりらしいね。南国だから」
僕は話題がソレイユからそれたことに安堵した。気を抜くと大泣きしそうなもんだから考えたくないのだ。あとでまた手紙をじっくり読むつもりだったけれど、人と穏やかな気持ちで話すのは無理だった。
「軍の雰囲気はどうなの。いじめられたりしてないだろうね。顔はきれいだけど、お腹とかあざだらけなんじゃない?」
「大丈夫だよ。どちらかといえば、変な目で見られる。そっちが怖い」
ハンナは目をぱちくりさせたが、僕は苦笑してごまかした。
「乗馬が上手くなったよ。いいね、馬は。楽しい」
兄より上手いかは分からないけれど、と心でつぶやく。それからソレイユを乗せて走ってみたいなという気持ちがふっと湧いて、慌てて打ち消す。久しぶりの濃い肉の味に集中して、じっくりと噛みしめる。
「そのまま長く外地にいるの? 来年には戻ってこられるのかね」
「さぁ、戦況しだいじゃないかな。このまま軍にずっといたほうがいいと思うし」
意外そうな顔をされ、また苦笑。
「案外いいよ。外地に行くのも楽しみなんだ。いろいろ見て回れるし」
「そういうもんかね」
「まぁ、他になにもないし」
ハンナは大きく息を吐き出すと、よっこらせと椅子に座った。若々しい人だと思っていたが、歳を考えるとそろそろ体も疲れやすくなってくる年代かもしれない。僕は急に心配になってきた。
「あのさ、神父になるのって大変かな」
「なんだい、急に」
「いや、軍もいいけど、神父も興味深い気がして」
「神父は結婚できないよ」とハンナ。僕は笑ってしまった。
「それは構わないよ。興味ないし。それに神父でも徴兵されるんだったね、最近は。前線には行かなくてもいいのかもしれないけど」
ハンナは何か言いたげに口を開けたが、結局閉じてしまい、それからごくごくとお茶を飲んだ。僕も残っていた肉を平らげる。
「おいしかった。ごちそうさま」
立ち上がり、皿を流しまで持っていく。
「はい、いい食べっぷりで。いいね、若い人は」
ハンナに背から軽く抱きつくと、驚いたらしく肩が跳びあがった。
「まぁ、あたしだって照れるよ、あんた」
「親愛だってば。いやだな」
ハンナはゲラゲラ笑って、僕を叩いた。
「ルギウス、無理しないで頑張るんだよ」
「うん」
矛盾して聞こえる言葉だったが、僕は素直に受け取って返事をした。
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