7-2 うるさいな
入営のことを考え出すと早くも憂鬱でげんなりしてくるが、それでもまだ来年の話で戦況もどうなるか分からない。それよりもソレイユに今日は会えるだろうか明日はどうだろうと、そんなことのほうがより重要だった。
気軽に会いに行ければいいのに、と行動できない自分を惨めに思いながら、この間会った時はずいぶん機嫌が悪かったな、などと考えていた。
それから、つらつらと記憶を辿りながら、急ぐわけでもなくダラダラとした足取りで歩いていると、考えすぎて幻覚を見たのかと思うほど、急にぶらりと背の高い女性が左の脇道から現れて目の前に立ちはだかった。
「見つけた。探したじゃないの」
ソレイユだった。白地に小花柄のワンピースに麦わら帽子。いつもより露出のある恰好をしていて、腕はむき出しで足は膝が見えていた。もう十八になる娘が着るには気楽すぎる服装だ。
「探した? これを持っていくんだ」
僕は手にしていた籠を見せた。
「今日はリデルさんとこ」
「ああ」とソレイユはうなずいた。
「まだ遠いわね、ここからだと。今日はその人の家だけ?」
「そうだよ。帰ったら葬儀の準備があるけど」
また戦死者だ。今回も遺骨なし。がらんとした気分になる。
「ふぅん」ソレイユは肩をすくめた。
帽子は被っていたが、それだけなので白い肌が日差しで赤くなっている。
「焦げてるよ」と僕。ソレイユは怪訝な顔をした。
「肌出すぎじゃない。お母さんがよく怒らなかったな」
「出るときは上に羽織ってたもの」
ウエストを叩く。薄手の上着が巻かれていた。
「暑いから脱いじゃった」とあっけらかんとした表情。
「スカートの丈が短いとは文句言われたけど、それは無視」
ソレイユは籠をのぞくとスープの瓶詰を取り出した。
「なんだ、ジュースじゃないのか。スープはいらない」
「ジュースでも飲むなよ」
「暑いんだもの」
彼女は帽子をとると、ぱたぱたと顔を仰いだ。額に汗が浮かんでいる。
「探したって、なにかあった?」
僕が聞くと、ソレイユは首を振った。
「べつに。探しただけ。悪い?」
悪くないさ、もちろん。でもそう口にはせずに軽く首を傾げるだけでやめた。そのままなるべく日陰を歩いて進んだ。ソレイユは機嫌がいいのか跳ねるようにして歩いたのでスカートがひらひらとまくれ上がる。どうしても目がいってしまい、無駄に瞬きが多くなる。
「その格好で街の中、走って来たわけじゃないよな。ちょっと噂が立ちそうだよ」
前を歩いていたソレイユがぴたりと立ち止まる。
振り向いた顔は機嫌が悪かった。
「うるさいわね、さっきから。あんた年寄りくさいんじゃない」
この頃は服装や娯楽、教育についても少しずつだが戦時の影響が出始めていた。ぜいたくは禁止・節約が奨励されるようになり、町では憲兵の姿も見かける。まだうろついているだけだが難癖つけては善良な市民を怖がらせていた。
「君が牢屋に入れられるとは思わないけどね。立場は悪くなるんじゃないかと思ってさ。僕が言うのもなんだけど」
「そうよ、あんたにつべこべ言われたくないっての。だいたい街中を来たんじゃないし。森の中を通ってきたの。あなたが歩きそうなとこ」
確かに日ごろから僕はなるべく人目をさけて歩いていた。でも……
「ひとりで森ん中を来たわけ? 危ないな。無茶だ」
「うるっさいな。誰にも会わなかったし、危なくない」
ソレイユは怒って走って行ってしまった。といっても十数メートル先で止まってこっちを見ていたが。僕は籠が大きく揺れない範囲の早足で進んだ。
「ルギウス、早く来てよ」
「スープが……」こぼれるじゃないか。
「ルギウース、石投げるわよ」
「投げないで」
追いつくとソレイユは石を投げるかわりに、足を踏んできた。サンダルだったので痛くなかったが、二度踏まれた。
「うるさいな。みんなうるさいんだから、あんたまでうるさく言わないでよ」
「そうだね、悪かった」
日影が少なくなってくると、ソレイユは薄手のカーディガンを羽織った。しばらく誰も見かけなかったが、小川にかかる橋を歩いているときに、よれよれの服を着た男が横を通り過ぎながら、ちらっと上目遣いにソレイユを見たので僕は嫌な気分になった。
「足だな……」
「はぁ?」
「いや、なんでもない」
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