エデン

7-1 二年後 938年8月(17歳)

 それから二年間、平穏な時間を過ごした。僕は予科練を受験することはなく、相変わらず司祭館に住み、教会の手伝いをしながら生活していて、ソレイユとも頻繁ではなかったが教会やその周辺、彼女のお屋敷などで会っていた。


 この頃には彼女の母親の教育熱も少しは冷めつつあり、ソレイユもそんな母親をうまくかわして自由な時間を楽しめるようになっていた。


 あの日は僕はハンナに頼まれて、貧民区に住むある一家に物資を届けに行くところだった。渡された籠には、スープの瓶詰、自家製のジャムにパン、果物が幾つか入っていた。その家族は戦争で夫を亡くしていて、三人の子供がいたが、息子二人は戦地に行って留守だった。今はやつれた母と小学校に通う娘がいるだけだ。


 息子二人からの連絡はまだあるようだったが、届いていた給与からの仕送りは止まってしまったようで生活は苦しそうだった。給与といっても、息子二人合わせても民間会社の初任給よりも低かったので、本人たちにも余裕がなかったのだろう。


 他にも似たような家庭が増えていた。時代は前年に大規模な軍事衝突が王国の統治領周辺で勃発していて、外地に多くの兵を導入していたからだ。シレーナの町からも多くの若者が召集され、僕と同じ年頃の少年らの中からも志願して家を出る者が増え始めていた。


 僕はたびたび貧民区や未亡人に物資を届けに行くことが多くなっていたが、学校にも行かず、昼間からフラフラと出歩いているのは居心地の悪いものだった。ボランティアとはいえ訪ねていく家のほとんどが戦死者を抱えている。


 中でも僕と同じ年頃の子が戦死していたり戦地に行っていたりすると、いいことなんだろうが僕はすこぶる健康体で比較的体格もいいもんだから、その家の子よりよほど兵士向きだったりして気まずさに拍車がかかる。


 それにまだ叔父のこと――ドラゴン病のことを忘れた住人などいない。いつ僕が発病してもおかしくないと考えているらしく、多くの人が早く町から出て行ってくれたらと思っているのが口にしなくても伝わってくる。まるで病原菌扱いだった。


 それでも何かと忙しいふりをして自分自身さえ誤魔化しては、鈍感で平気なふりをしていた。幸いにもソレイユは反戦主義者だったから、はっきり口にしたわけじゃないが、僕が戦地に行くことは嫌がっているようで、彼女といるときは具合の悪い思いはしなくてすんだ。もちろん、もしソレイユが「戦いに行け」と言ったなら、僕はすぐにでも兵士になるつもりだったけれど。


 街の中心地を抜けると、あとは舗装されていない道が続く。周りは木々や生垣、崩れかけ隙間から草花が伸び出している石垣などが並び、民家はまばらで通りがかる人もほとんど見かけなくなる。


 のどかな雰囲気で戦争が起こっていることなど、すっかり忘れるような景色だった。それでも、十八になると再度徴兵検査を受けることになっていて、まだ一年近く先のことだと思いながらも気持ちが陰ることがあった。


 志願せずとも、もし今度の徴兵検査で等級がAまたはB級の第一クラスになれば、特別な理由がない限り、全員入営しなければならない。前回十五の時はB級第二だった僕も、次は第一クラスにはなるはずで、そうなれば入営が決まる。二年は入りっぱなし。戦況を考えるとそのまま外地の連隊に送られる可能性だって高い。


 ソレイユと会えなくなるな……。僕の頭はすぐ彼女がらみのことで一杯になった。入営しても手紙のやり取りは出来るだろうし、外出日に会いに行くこともできないわけではなかったが、相手は町一番の財産家の娘だ。僕が正面切って会える相手ではない。手紙も彼女に渡る前に捨てられそうだ。


 ハンナに頼んで彼女経由でやり取りもできるのだが、それも勘繰られそうだし、そこまでしたいと言い出すのは恥ずかしかった。僕とソレイユの関係は友達だというにもちょっと違うような、何とも表現しがたい状況だった。

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