4-5 邪悪

「なに、どうしたんだよ」

 僕はドキドキしていた。

「気分悪くなった? 横にでもなったら」


 ソレイユはじっと僕を見てくる。

 ひどく真面目な顔で、僕は落ち着かなくなった。


「あのさ……」

「ルギウス、聞いて。悪い話じゃないの」

「なに?」


 半笑いになってしまう僕に対し、ソレイユは大きく肩で呼吸すると、低めの声で言った。重々しくといった感じだ。


「あなたも調べられると思うけど、きっと大丈夫。反抗したりしないでね」

「だから、なんの話だよ?」


 ソレイユは両手で僕の右腕を掴んだ。少し痛いほどだ。それから身を乗り出し、声をひそめた。顔が近くにある。僕は身を引きかけて、肩を掴まれた。


「あなたの叔父さんはドラゴン病の検査を受けに行ったのよ」

 ソレイユの手は震えていた。

「たぶん、近いうちにロンイルにあるラザレットに入ることになる」


「何を言ってるんだ?」


 僕の声は乾いて笑いを含んでいた。ソレイユの顔が深刻になればなるほど、余計におかしくなってきた。


「ルギウス……、ドラゴン病なの。叔父さん、きっとそうなのよ」


 当時の僕はドラゴン病についての知識はあいまいで、ただ邪悪で呪われた病であり、これを発病すると孤島に収監されるということしか知らなかった。


「叔父さんが病気? 間違いだろ。それにどうしてドラゴン病なんて言い出すんだ。やめろよ。楽しい話がしたいのに」


 ソレイユは掴んでいた手を離すと首を振った。その目には哀れみがあり、僕は反射的に立ち上がった。彼女は黙ったまま、僕を見上げていた。


「島は悪いところじゃないらしいわ。治療も受けられるし、向こうで仕事や結婚もできるって話よ。ひとつの町として機能してるの」


 なにを言ってるんだ。本当に彼女が話してるのか。


「それに手紙のやり取りもできるし、面会も可能なのよ」

 うそだろ。なに言ってんだ。

「ねえ、ルギウス、聞いてる?」

 僕は首を振った。

「違う、ドラゴン病じゃない。肌だってきれいじゃないか。見たことないのか。見たことないんだろ。きれいなんだ。きれいなんだって」


 腐っちゃいないだろ。理解よりも先に体が反応していた。心臓が激しく鼓動し、そのくせ手足が冷たく感じた。呼吸がしづらくなり、視界すら霞んできた。


「ルギウス、ねぇ、落ち着いて」


「落ち着いてるさ」息がしづらい。

「おかしいのは君だろ。なにを言ってるか、分かってるのか」


 ソレイユにせっかく会えたのに。なんだってこうなるんだ。

 嬉しかったのに。ずっと会いたかったのに。


「分かってる、私もショックだった。でも大丈夫よ、深刻に考えないで……」

「ドラゴン病だぞ、あのドラゴン病だって言ってるんだぞ」

「ええ、そうよ。ルギウス、怒鳴らないで……」


 邪悪、邪悪、邪悪。言葉が頭を駆け巡った。あの叔父さんが邪悪。穢れた病。忌み嫌われた病気。邪悪、邪悪。ドラゴン病。髪は抜け、顔は崩れ、手足は腐る。全身から膿が吹き出し、悪臭を放つ。誰からも見向きもされない。愛はない。もう愛されない。あれは人じゃない。人じゃない…… もうお終いだ。


「うそだ、違う……」


 僕は呼び止める彼女を無視して走った。森を抜け、小川の水を跳ね飛ばす。ドラゴン病、ドラゴン病。頭にはその言葉が螺旋を描き、鼓動を加速させた。わずかにあった知識がさらに僕を追い詰めた。


 ああ、うそだ…… 

 ドラゴン病は遺伝する。治療薬はない。治らない…… 永遠に邪悪。

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