4-6 呼び声

 ドラゴン病の初期症状として皮膚に斑紋が出ることが知られている。斑紋は身体のどこにでも現れ、白または赤・赤褐色、平らなものと隆起したものとがある。この斑紋には知覚がなく、ペンや羽などを使って確認し診断することが多い。


 ただ他にも、手足の麻痺や腫れ、痛みを引き起こし、指先などの一部が曲がって固まることがある。斑紋だけでなく、身体の特徴でドラゴン病ではないかと疑われることもあった。


 叔父の場合はこれに該当したのだと思う。あの右手の手袋の理由は、曲がった指を隠していたのだ。それに僕が知らないだけで、斑紋の症状も出ていたのかもしれない。とにかく、叔父はドラゴン病の診断を受け、そのまま療養所へ行ってしまった。家や仕事も何も手を付けることなく、荷物すら何ひとつ持たずに。


 誰かが叔父を密告したのかもしれない。僕はあとから知ったが、この時期シレーナの町もドラゴン病駆逐運動をしていた。全病者をロンイルのラザレット――島の療養所へ収容する運動をしていたのだ。


 僕も病院に連れていかれ、強制的に検査を受けることになった。当時、すでにドラゴン病は細菌による一つの感染症だと分かっていた。だからこそ感染の拡大を防ぐ名目で隔離がおこなわれていたが、かかりやすい体質があり、広義の遺伝病との認識も根強かったためだ。


 検査にはソレイユの父親が同行してくれた。彼は町の方面委員で低所得者層の救済など地域の社会福祉事業を目的とする活動に携わっていた。ドラゴン病患者の診察や療養所への同行も、彼は積極的に行っていたのだ。


 他にも県の衛生課や警察もやってきた。僕はすでに病者のような扱いで、近所の人たちからの視線は冷たく、僕の通った道のあとに何か消毒液なようなものを撒く人すらいた。惨めでならなかったが、怒りの感情は芽生えなかった。されて当然だと思う自分がいたからかもしれない。


「体にしみやあざはあるかい?」

 ソレイユの父親は僕に会うとすぐにそう聞いた。

 僕は激しく首を振って否定した。

「ない。なにも、ない」


 ソレイユの父親とまともに会うのはこれが初めてだった。彼は僕のことも、名前も、ましてや娘と遊んでいることなんて知らなかったと思う。大柄で優しい雰囲気の人だった。僕が固くなって否定すると、にこりと笑い頭を軽く叩いた。


「そうかい。なら、大丈夫だよ」


 病院に行くと、全裸になるように言われた。斑紋の有無が調べられ、針を体に刺され、熱した鉄を皮膚に当てられた。僕は痛みと屈辱で目の前が滲んだ。医者は僕に叔父との関係、他の肉親についても質問してきた。


「誰も、いない」


 僕の答えは簡単だった。家族の死因も聞かれたけれど、誰もドラゴン病で死んではいない。たぶん形式的な質問だったのだろう。家族構成など、とっくに調べ上げられていたに違いない。嘘をつくかどうか、それが知りたかったのだ。


 僕は家路につきながら、部屋中白い粉まみれになっているところを想像していた。あのときの教会のように、屋根も庭も、その周囲の道も真っ白になっているはずだと。


 けれど、僕が目にした光景は全く違っていた。遠巻きに見ている人が、ちらほらいたが、不気味なほど家の周りには誰もいなかった。


 あんなに燃えていたのに。


 炎が夕闇に昇っていく。誰も火を消そうとはしていない。屋根が落ち、何もかもが燃えた頃、やっとソレイユの父親が呼んでくれた消防が来て、炎を鎮火させた。真っ黒に燃え残った梁が、ドラゴンの爪のように空へと突き出していた。まるで地獄から僕を掴みに来たかのように。呼ばれている、そんな気がした。

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