第二章

再生

5-1 ドラゴン神話

 家が燃えたあと、しばらくは秘密基地で過ごした。けれど、誰かにあとを付けられているような気がしてならなかった。秘密基地まで燃やされたらたまらない。僕の足は秘密基地から次第に遠のき、町はずれにある橋の下や教会の墓地で時間を潰すようになった。不安の中、人目をさけて過ごした。


 働くには大工の腕も知識も不十分だった。他に奉公に出るにしても、ドラゴン病者の親族は嫌煙されてまともな働き口など得られない。十三歳だった僕は物乞いに身を落とすのも間近だった。


 シレーナの町を出ようかとも考えた。もっと都会に行けば仕事だって見つかるかもしれない。それに僕や叔父さんのことを知らない場所で堂々と過ごせたらどんなにいいだろう。


 それでも、ソレイユと離れてしまうのが嫌で決心がつかなかった。彼女とはずっと会っていなかったし、これから会える確証もなかったけれど、それでも同じ町にいるということだけで心は慰められていたのだ。


 期間にすればわずかだったと思う。半月もなかったはずだ。それでも僕には永遠とも思われる泥沼に沈んだ時間が流れていった。


 ある日、河原で水浴びしていると神父の妹、ハンナの姿が視界に入った。橋の上で顔を蒸気させ、目を見開いてこっちを見ている。焦った僕は急いで川から上がり逃げようとした。けれど駆け寄ってきたハンナの腕が伸びてきて、僕を捕まえる。


「ああ、ここにいたのね」


 ハンナの声は震えていた。彼女の頬に伝う涙を見て僕の中で何かが溶けていった。凝り固まっていた疑念や恐れだろうか。誰もが僕を汚らわしいと思い、罵声を浴びせてくるとばかり思っていた。


 彼女の反応は意外で、信じられないほど純粋で美しかった。僕は自ら殻に閉じこもり孤独へと向かって落ちていたことを知った。神父もハンナも、ソレイユの父親も、ずっと僕を気にかけてくれていたらしい。そんなことは考えもしなかった。


 僕は司祭館に住むことになった。ミサや説教の準備をしたり、家事や地域住民の世話も手伝った。空いた時間には勉強もした。宗教関連のものが多かったけれど、病気や簡単な歴史、数学についても学ぶことが出来た。


 新しい生活は規則正しく、食事は質素だった。毎曜日の献立が決まっていて、食事前の祈りには長い間慣れず、体がむず痒かった。それでも我慢して馴染もうと僕は努力した。


 でも、ふとした瞬間やさしい二人の眼差しに強い同情と哀れみを感じることがあって、そのたびに感情が爆発しそうになった。何もかも破壊して、無茶苦茶にしてやりたくなった。


 けれど僕は従順で飼いならされた羊のように大人しくしていた。自分は堕ちるところまで堕ちたのだという意識が理性となって怒りを押さえてくれていた。口答えなんか絶対にしなかった。無駄な言葉は一切言わず、聞かれたことにだけ答えるようにした。


「ルギウス、あなたの夢はなに?」


 ハンナと食事の準備をしているときに、そう聞かれた。僕はぼんやりとしたまま、ただ言葉が口から出ていくのを他人事のようにして聞いていた。


「ドラゴンを殺すこと」


 言葉はどう彼女に響いたのだろう。瞬きをしたあと、小さく「そう」と答えただけで、ハンナはそれ以上何も言わなかった。


 教会の本を読み漁っていた僕は、そのうちにドラゴンの意味することを知った。ドラゴンは邪悪な存在で、特定の罪や悪徳、暴力的な破壊を象徴し、悪魔の力の顕現であり、サタンそのものの化身だという。


 ドラゴン退治の物語は生と死の永遠の闘争を表しているのだと。

 ドラゴンと対立する聖なる英雄は秩序や創造、活動や生命の力を象徴する。


 僕は英雄になりたかった。邪悪なドラゴンを倒す、英雄に。それはあらゆるものに対しての反発であり逃避でもあった。邪悪なものから、僕は逃げ出したくてたまらなかった。


 僕の心はいつだって、最後はあの絵本に戻ってばかりいたのだ。

 ドラゴンを倒す、あの騎士の物語に。

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