5-2 バザー 934年10月(13歳)
ソレイユを見つけたのは、慈善バザーの最中だった。司祭館で暮らすようになって、数か月経った頃だ。彼女は同じ年頃の子たちに囲まれ、楽しそうに談笑していた。僕に気づいていただろうか。彼女の表情からは何も読み取れなかった。
僕はバザーの手伝いで、お茶を配って回っていた。彼女たちの近くも通ったけれど、誰もなんの反応も示さない。冷やかしや罵声を浴びせられるよりは、相手にされないほうがいい。ただ、ソレイユが僕のほうを見もせず、周囲に笑顔を振りまいている姿は冷水を浴びせられたようにショックだった。
彼女は別人のように見えた。いや、あれが本来の彼女なのかもしれない。僕はどこかで、ソレイユは自分だけにしか姿が見えないんじゃないかと思っていたようだ。バカげた発想だが、あまりにも隠れるようにして会っていたものだから、彼女にもある自分だけの生活というものをはっきりと見せられ、動揺してしまった。
いつもふんわり広がっているか、軽くまとめているだけだった巻き毛は、襟足で堅く丸まって小さくなっていた。首元を隠すブラウスを着て、細めのスカートをはいた姿は体の線がいつもより細く見え、僕が知っている彼女よりもずっと大人びていた。僕よりも何歳も上のようだ。
ソレイユの隣には、ひょろりと背の高い少年がいた。歳は僕よりも少し上だろう。どこかで見たことがあった気がしたが名前なんかはまるで知らない。たぶん日曜礼拝に来ていたのを見たことがあったのだろう。僕は参列せずに裏方を手伝うばかりだったが、カーテンの隙間から覗くことはあった。その時はソレイユがいないかなという考えでしかなかったけれど。
彼はあまり賢そうなやつじゃなかった。顔には赤いニキビが目立ったし、なでつけられた黒い髪は整髪剤がべたべたと塗りたくってあるのが、脂ぎった独特のてかりかたで嫌なほど分かる。ただ高価そうな、色の濃い服は目に染みてまぶしいほどで着こなしている感じは余裕があって、軽薄そうだが似合っていた。
ソレイユの右肩越しに顔をうかがい見るようにして話しかける姿は、彼女を自分のものだと周囲にアピールしている貧弱な鳥みたいだった。彼が耳に唇を近づけて触れそうなほどの距離で囁くと、ソレイユは首を傾げながら上目遣いで、控えめだが優しく微笑む。
何の話をしているのか聞き取れない。ずっとその場でうろうろしているわけにはいかないから、僕は忙しくバザーの手伝いに明け暮れたけれど、体の中心はひんやりとして、手足は痺れたように感覚が曖昧になっていった。
僕は何を望んでいたのだろう。ソレイユが僕に気づき、手招きしてくれることだろうか。みんなに紹介してくれて、あの輪の中に入れてくれる。同じように談笑し彼女の隣に立ちたかったのだろうか。
それともソレイユがあの輪から飛び出して僕といっしょにどこかへ走っていくことか。あの横に立つ男を突き飛ばして、僕の手を掴むことを望んでいたとでも?
僕は自らあの輪を壊し、彼女を引っ張り出すことも、笑顔で声をかけ談笑することも出来なかった。そんな自分を想像することさえ無理で、圧倒的な差を感じながら、もやもやしたまま遠くから眺めているだけだ。
「ソレイユ」そう声をかければいい。たったそれだけのことが出来ない。
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