4-4 夏の日 934年7月(13歳)

 その日は珍しく叔父が家を空けた日だった。まだ日が明けないうちに出掛けたらしい。朝起きてからテーブルにあったメモを読んでそれを知った。メモには隣町へ行く。遅くなるかもしれない、とだけあった。


 僕は日ごろから頼まれていた用事を雑に済ますと、午後には家を飛び出し秘密基地へと向かった。気分は爽快。夏の盛りで、青空と白い雲が太陽にまぶしく輝き、肌に突き刺すほど日差しが強かった。


 森に入ると気温が下がり、汗ばんでいた肌がひんやりとしてきた。さわさわと吹く風は穏やかで心地よく気分がさらによくなった。

 やがて木々の隙間から基地が見えてくると、そこで動く馴染みのある麦わら帽子を発見した。いる。僕は急いで駆け出した。


「ソレイユ」


 呼びかけに、彼女はすぐに振り返った。何日ぶりだったろう、僕は彼女の顔を見て胸が苦しくなり、涙さえ出そうになった。彼女は肩の出たノースリーブの黄色いワンピースを着ていた。白い肌がまぶしい。


「仕事の手伝いはどうしたの?」


 駆け寄り、そばに座ろうとする僕を見上げて、彼女はそう言った。こちらの気持ちとは裏腹にソレイユは落ち着いた様子で、まるで来ないことを願っていたかのような、そっけない態度だった。


 僕は嬉しさで自然とほころんでいた口もとがこわばってしまい、ぎこちなく最初に目指していたよりも遠く、彼女から離れた場所に腰を下ろした。


「おわった。叔父さんは出かけてるんだ。遅くなるかもって」


 居心地の悪い思いをしながら、軽い調子を出そうと早口に言った。それから気分を切り替えて、彼女の話を聞こうと質問に口を開きかけた。だがソレイユが目を見開いて僕を見ているのに気がつき、にこやかな晴ればれとしていた気持ちが引っ込んでしまった。


 恐怖と驚きが混ざったような、こちらまで緊張してくる顔をしている。

 僕は何か悪い予感がして、身構え肩に力が入った。


 ソレイユは僕に向かって探るような視線を向けた。やがて目を逸らし、それから僕らの間に空いた空間をじっと見つめ始めた。視線は一点に定まって表情も固まってしまっていたけれど、それでも見ていると彼女の頭の中であれこれと思考が駆け巡っているのが見て取れた。かなり集中しているらしい。


 しばらくそのままでいたソレイユはちらっと僕を見たかと思うと、今度は自分の手元に集中し始めた。指を組んだかと思うと離し、また組み合わせては握り締めた。なんだかよく分からなかった。


 彼女が再び口を開くまでには、きっかり三分はあったんじゃないかと思う。僕はそばを歩いていた蟻をじっと観察することで気まずい時間をやり過ごした。蟻は何か昆虫の羽のようなものをせっせと運んでいた。あんなものが美味しいのだろうか。ずいぶん頑張っていた。


「パパは方面委員をしてるじゃない」

 唐突にソレイユは言った。

「だからいっしょに病院にいると思うわ」


「病院?」


 僕は蟻が草むらに消えるのを見ながら、ぼんやりと答えた。他に餌を運ぶ蟻がいないだろうかと視線をあちこち飛ばしていると、突然彼女の手が僕の腕に触れ、びっくりして顔を向けた。

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