4-3 叔父

 叔父は僕を好意的に迎えたわけではなかったが、それでも追い出そうとしたことは一度もなかった。彼の仕事は家具の修理や簡単な大工仕事をすることで、町の嫌われ者の割には腕が良く仕事も早かったので、食べていくには十分な稼ぎがあった。彼は酒を飲まず、金遣いも荒くなかったことも、僕には安心できる要素で、親しくはなかったが信頼できる人だとは思っていた。


 父に似ているところは髪と目の色くらいで、顔立ちや体つきも違っていた。父のことを邪悪なドラゴンとみなしていた僕も、叔父をドラゴンに重ねるのは難しかった。彼は空気のように存在感がなく、それでいてどこか危険な魅力があり、人を――特に女を引き寄せていた。


 それでも僕が十三歳になる頃には、体が衰えてきたのか仕事をするのが大変そうだった。特に白い手袋をしている右手は動きが鈍いのか、たびたび物を落としたりするようになった。僕は叔父がこの手袋を外しているところを一度でも見たことがなかった。全身にも痛みが出るらしく、どこからか貰ってきた黒い丸薬を飲むようになり、女の出入りもなくなった。


 医者に診せている様子はなく、何度かそれとなく言葉をかけたが拒絶され、かわりに仕事を手伝うように言われた。僕は学校にも行かず、遊び惚けていると思われていたので、文句は言えなかった。


 簡単な手伝いはこれまでもやっていたが、本格的に習うようになると僕は自分がこの仕事には向いていないのだと痛感した。木材をのこぎりで切ったり、釘を打ちつけたりするたびに指を怪我したし、何かを作り出すことになんの喜びも見出せなかった。


 そんなやる気のない僕に対して、叔父は怒ることなく、ただ指示だけして、あとは放っておいてくれた。僕の性格を分かっていたのか、それとも本人の性格だったのかは分からないが、言葉を交わさない中でも心地いい距離感は保てていて、嫌な思いをした記憶はない。彼といるといつも時間は穏やかに過ぎていた。


 それでも自由な時間が減り、ソレイユと会う機会が減ったのは苦痛だった。ソレイユとは秘密基地を経由して手紙やノートのやり取りをしていた。イラストや他愛のない言葉が並ぶだけの簡単なやり取りで、余計に気分を寂しくさせた。新聞や教科書、お菓子や飲み物を置いて行ってくれることもあったが、本人に会えるのは月に数回にまで減ってしまった。


 今まで彼女中心で生活するのが当たり前だっただけに、見知らぬ土地にひとり放り出されたような気持ちになり途方に暮れた。まるで迷子の気分でそわそわした。


 無性に会いたくなって、夜に彼女のお屋敷まで行くこともあった。呼びかける勇気はなくて、ただ彼女の部屋にある窓を見上げるだけで帰ってきていた。手紙やノートに「会いに行く」と知らせることもできずに、隠れるようにして夜の道を歩いては、とぼとぼと戻って来ていたのだ。


 僕は臆病だったのだろうか。彼女に迷惑をかけたくないと思いながら、拒絶されるのが怖かったのだろうか。それとも、家の人に見つかれば、野良犬のようにしっしっと追い払われるのが目に見えていたからかもしれない。


 帰路の中、見上げた月がどれだけ美しくても、心は晴れなかった。ソレイユとは陽の光の中で会いたかった。あふれる色彩の中でも、一番華やかな彼女の姿に出会うのが何より意味のあることだった。


 彼女には太陽が一番似合った。まぶしい太陽が、誰よりも。

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