4-2 宝物 933年4月(12歳)

 春になり、急激に降り積もって町を埋め尽くしていた雪も融けた頃。ソレイユが宝物を持ってきて埋めようと言い出した。彼女はそれを十年後に掘り出すのだと張り切っていた。


「持ってきたわね」


 僕が秘密基地につくと、先にソレイユがいた。彼女は古ぼけたテディベアを大事そうに抱きしめ、足許には四角いブリキ缶が置いてあった。


「それが宝物?」

 僕の声は不満げに響いた。それにソレイユが即座に反応する。

「そうよ。この子に文句でもあるの」


 ソレイユはテディベアをぎゅっと力を入れて抱きしめた。熊が前屈姿勢になる。内臓が飛び出そうだった。僕は思わずふき出した。


「文句なんかないよ。かわいい熊だ」

「テディベア。熊はよして」

「うん、熊じゃない。テディベアだ」

「まぁ、熊なんだけど。名前はね、ミミ。ミミちゃん」

「ミミちゃんね。なるほど」


 ソレイユは機嫌を直したらしく、抱きしめていた腕を緩めてテディベアの頭を優しく撫でた。


「小さいころから、ずっといるのよ。友達なの」

「ふうん」


 僕は珍しくソレイユの女の子らしい一面を見た気がした。ある意味ではいつも女の子らしくはあった――怒りっぽくて、わがままだった――けれど、柔和な表情でぬいぐるみを扱う彼女は、見たことがないほど優しく愛情深い眼差しをしていた。


 僕はわずかに嫉妬を覚えた。たかだが熊のぬいぐるみでしかないのは分かっていたが、腕から引き抜いて遠くへ放り投げてやりたくなった。


 僕の宝物は当然あの聖剣――兄の形見のナイフだった。本当は適当なものを埋めようと思っていたが、それだとソレイユを裏切る気がしてきて、道中でひき返し、ちゃんとした本物の宝物を持ってきていた。この頃にはナイフを肌身離さず持つことはやめていて、部屋に大事にしまってあったのだ。


 ソレイユのぬいぐるみに向ける愛情のこもった眼差しを見ながら、どうでもいいようなガラクタを持ってこなくてよかったとほっとした。彼女も本物の宝物を埋める気なのだ。しかし、ミミちゃんを埋めるとなると埋葬を連想して、本気でやるのかと思うと彼女の意気込みも怖い気がしてきていたが。


 僕らは秘密基地近くに生えていた大木の下に立ち、そこから十五歩進んだ場所で止まった。僕は持ってきていたシャベルで、その場所を掘り返した。途中、ソレイユに変ってもらったが、すぐにまた僕が掘り続けた。


 木の根や石が出てきて、作業は思うように進まなかった。汗が出てきたところで休憩し、ソレイユからビスケットと甘いお茶を貰った。太陽は夏を思わせるほど強く輝き、木陰にいても暑いほどだった。


「あなたの宝物はなんなの?」


 ソレイユに言われ、僕はブーツからナイフを抜き出した。ソレイユはその仕草に驚いて身を引いた。


「やだ、暗殺者みたい」

「兄さんのやつだったんだ。一応、形見みたいなもんかな」


 ソレイユはナイフを受け取ると皮のカバーを外して、陽にかざすようにして眺めた。細長い銀色の刃が彼女には不釣り合いで、僕は見てはいけないものを見た気分になり、目を逸らしてしまった。


「これ、名前?」


 ソレイユは柄に刻まれたいびつな文字を指でなぞった。もうほとんど消えかけていた。僕はそれを見て、突然不思議な感覚に陥った。あれほど大切にしていた――宝物だとついさっきまで強く思っていたものが、どうでもいいようなガラクタに見えてきた。


 思い返せばソレイユと遊ぶようになってから、ナイフを眺める機会は徐々に減ってきていた。習慣でいつも身に付けるようにしていたけれど、最後に革のカバーから引き抜いたのは、いつだったか思い出せないほどだ。


 怪しい光にきらめくと思っていた刃は、くすんで濁っていた。聖剣だと思い、その刃が血に濡れるのを想像しては恍惚に浸っていた自分を思い出し、ひどく愚かだと感じた。あまりに急激な感情の変化で、周囲が暑いにもかかわらず、身震いするほどだった。


 ソレイユはまだ表や裏に返しながらじっくり眺めていた。僕は急いでナイフを奪うとカバーをはめ、大きく息をついた。怖かった。彼女の手が穢れた気がした。


 ソレイユは僕が怒ったと思ったのか、心配げに眉根を寄せて僕の顔を覗き込んだ。僕は顔を背け立ち上がると、ソレイユが用意してきていたブリキ缶にナイフを投げ入れた。ガラン。なんて安っぽい軽薄な音なんだ。

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