6-4 裏庭 ……2

「それで、パイロットの話だけど」


 ソレイユはしつこかった。僕は「なれないけどね」と向かいに生えるナナカマドの木を見ながら答えた。枝には薄緑色の小鳥が一羽止まっていて、小首を傾げている。こいつまで「パイロットになりたいの?」と言っているようだ。


「どうしてもなりたいなら、パパに頼んであげるけど」

 ソレイユの言葉に僕はくるっと首を回した。

「お父さんに? 頼めるっていうの」


「受験したいって言えば、それくらいは出来ると思うな。合格できるかはあなた次第でしょうけど」


 僕はまじまじとソレイユの顔を見てしまった。彼女はすました顔をしているが、何を言ったかわかっているのだろうか。僕は目の前がぱぁっと晴れたように感じているというのに。


「チャンスがあるなら、やってみたいな。でも、本当に頼めるの?」

「さぁ、話すだけ話してもみてもいいけどってことなんだけど」


 ソレイユは少し言いよどんでから、さらに続けた。


「でも、ほんとになりたいわけ? パイロットなんて、空飛んで墜落するのよ」

 おいおいと心で突っ込んだ。

「墜落って……、悲観的だね。かっこいいじゃないか」


「ああ」とソレイユは訳知り顔になった。

「たしかにモテるらしいわね。軍の花形ってやつ。女の子はパイロットに夢中になるのよ。それでパイロットのほうでは、とっかえひっかえ選び放題。ずいぶん楽しいでしょうよ」


「君はかっこいいとは思わないのか? 空飛ぶんだ、空を」


 僕は人差し指を上に向けた。ソレイユは皮肉げに口をゆがめる。


「鳥や虫だって飛ぶじゃないの。ハエだって立派に飛ぶ。あなたハエに憧れるわけ? 心が広いのね。私はそうでもないわ」


 これには距離を感じた。僕はがっかりすると同時にソレイユが何を考えているのかも分からなくなった。応援してくれるのかと思えば、そうじゃないらしい。ソレイユはつまらなそうに足で地面をけり始めた。


「撃ち落されて死んじゃうのよ、あっさり。必死になって勉強したって、それで終わりよ。くだらないと思う」


「こっちが撃ち落すかもしれないじゃないか。立派に帰還するかも。まぁ、どうせなれもしない話で言いあってても仕方ないけどさ」


 僕は本当にがっかりしていた。パイロットになると言えば、ソレイユが喜んでくれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのだ。すごいと言って可愛く手でも打ち鳴らしてくれるかと。それがどうだろう、眉間にしわが寄っている。


「あなた、志願したりしないでしょ?」

「志願? 戦地に行くかってことなら、まだ行かないよ。徴兵されるまではね」


 じゃりじゃりと地面を蹴る音が響いた。ソレイユは一瞬蹴るのをやめたが、すぐにまたじゃりじゃりと足を鳴らす。だんだんとご機嫌ななめになっていく。


 じゃりじゃり。僕はその音を耳障りに感じて神経が逆なでられる思いがしたが、じっと黙ってソレイユがまた話し始めるまで待っていた。蹴っていた場所の地面が少しへこんでくるとソレイユは靴底をとんとん打ち鳴らし、それからため息交じりに言った。


「ああ、戦争なんて嫌……、どうしたらやめるかな」


 思わず周りに目をやってしまった。誰もいないのは分かっていたけど、どこかで聞かれでもしたらと思うとそれだけでひやりとした。


「ソレイユ、気をつけないと――」

「誰もいないじゃない。それともあなたが告げ口するってわけ?」


 なんでこうなってしまったんだろう。喧嘩なんてしたくない。ソレイユの顔は厳しく、僕は情けない思いでいっぱいになった。なんとか楽しませたい。でも話せば話すほど悪化しそうだった。


「ソレイユ、ごめんよ。怒らないで」


 彼女は首を振るとうつむいてしまった。


「ソレイユ、丘に行こうよ。時間はまだあるんだろ」


 ソレイユは黙ったままだった。僕は一度立ち上がり、少し待ってみたが動かないので、また座った。気まずい時間に心が焦る。せっかく会えたというのに時間を無駄にしすぎている。打開したいのに、ただ黙っているしかなくて、僕は突然歌でも歌いたい気分になった。


 ぴぃぴぃと鳴きながら鳥が遠ざかって行った。葉がそよぐ風の音が心地よさよりも無神経なざわめきに聞こえた。


「私が悪いのよ、あなたじゃなくて」

 しばらくするとソレイユが言った。

「でも、あなたっていつもすぐ謝るのよ。どうして、そんななの。私がよけいに悪者に感じるじゃない」


 それから、ふいに顔をあげる。

 目が合うと少し濡れているようだった。


「私が悪いんでしょ。わかってるんだから」

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