5-5 秘密基地

 久しぶりの秘密基地に感慨深いものを感じるかと思っていたが、実際にはがっかりさせられた。みすぼらしくて薄汚れて見えるというのが第一印象。それから思っていたよりも規模が小さく、秘密どころか開けっぴろげで情緒もない、子供のおままごとと呼ぶにふさわしい場所。


 片付けるということに躊躇はなかった。ソレイユも同じだ。僕らは手際よくガラクタを寄せ集め、最後に天蓋にしていたテーブルクロスを外しにかかった。


 木の枝は細く、よくここに腰掛けたと思い出してひやひやするほどで、飛び上がるまでもなく、ちょっと背伸びするだけで脆くなったロープを引きちぎることが出来た。テーブルクロスは苔とカビが生え、湿った体に悪そうな臭いを発していた。


「ごみはあなたが処分してくれる?」

 ソレイユは断言口調で言った。

「ああ、いいよ」と僕。


 それから「埋めたものは、どうする?」と訊ねた。するとソレイユが怪訝な顔をしたので、僕は向こう端に生える大木から数歩離れた場所を指さした。


「あそこ、埋めたやつ」

 がらりと表情が変わるソレイユ。目つきが怖い。

「あれは十年後に掘り返すって約束したでしょ。忘れたの?」

 声を荒げるソレイユに慌てて答える。

「忘れちゃいないさ」


 たまに彼女の沸点が分からなくなる。突然、眉間にしわが寄り、突然、口の先が尖りだす。こうなるとお手上げ。ひたすら詫びるしかないが、それがまた火に油というやつらしい。


「あと……」彼女は素早く暗算した。

「八年よ。八年と半年後」と五と三の指を律儀に見せる。

「二十二歳になったら二人で掘り出すの。分かった?」


「分かってるよ。忘れたんじゃなくて、気が変わったかと思ってさ」

「気が変わったのは、あなたのほうでしょ。なに、あのナイフが惜しいわけ?」

「そうじゃないさ」

「どうだかね。実はもう、掘り出してたりして」


 ソレイユは僕をにらみつけると、顔を伏せた。

 それから目をこすりだすので僕は慌てた。


「掘ってなんかないって。約束は守ってるよ。どうしたんだよ」

「どうもしない」


 ソレイユはしばらく顔を伏せたままだった。

 それから顔をあげると、頬と首筋が赤くなっていた。


「ルギウス、約束よ。絶対、ふたりでまたここに来て、掘り返すの。他の子に話したりしてもダメ。秘密にして」


「他に話す人なんて、そもそもいないけどね」

 冷静に事実を指摘した僕だったが、ソレイユは不満らしい。

「出来るかもしれないでしょ。文句言わないで、はいって返事すればいいのよ」

「はい」


 要求に答えたにも関わらず、ソレイユは僕の肩を殴る。


「あなたって、無性に腹立つときがある」

「おたがいさ――いや、ごめん。気をつけるよ」


 僕は両手をあげて敵意がないことを示した。ソレイユの唇は、指でつまんでやりたくなるほど突き出している。この癖を誰かに指摘されたことはないのだろうか。あまり淑女らしい表情でも癖でもないように思えた。よく分からないが今後の彼女の将来を思うと、僕は教えてあげたほうがいいような思いに駆られた。


「ソレイユ、変な顔してるよ」

「あなたって、最低ね」


 今度はさっきとは反対の肩を殴られた。僕は殴られ、最低と言われたにも関わらず、笑いが込み上げてきて隠せなくなった。わずかに顔をそらして笑うと、ソレイユの手が伸びてきた。首に両腕がかかる。驚く間もなく、耳元で囁かれた。


「あなたって、最低ね」


 左耳がくすぐったい。いや、全身がそわそわする。僕はどうしていいか分からずに、ただ硬直していた。ソレイユはそんな僕のつま先を踏んづけると笑って突き飛ばした。


「照れてちゃって。そっちこそ、変な顔」 

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