6-1 徴兵検査 936年6月(15歳)

 王国では十五になると男子は全員徴兵検査を受けることになっている。兵としての適性が調べられ、個人には等級がつけられた。徴兵検査は四月から七月末にかけ検査区に連隊区徴兵署が開かれ、そこで実施されるのだが、検査の主眼は知能ではなく、あくまで体力・体格の優劣だった。


 僕も十五になり夏が近づいた頃検査を受けることになった。検査の日までに頭髪を短くしておかなければならず、ハンナに切ってもらったのだが短い髪は似合わず、ハンナも「なんだか痛々しいわ」といって苦笑していた。


 徴兵署に行くと、まず控室に通され、そこで順番を待った。徴兵検査を受けると兵籍名簿に登録されるのだが、この時分はまだ等級がつけられるだけで、実際に徴兵されるまでには長い期間があった。だいたい二十歳ごろまでは音沙汰ないのが通常だった。


 現役兵を志願したい者や、幹部候補生を志願する者は別に書類を提出する必要があったが、どちらも僕の場合は関係ないことだった。戦地に行きたいとは全く思ってなかったし、幹部を目指すにはどう考えても家柄と学歴が足りない。


 控室に入ると、みなかしこまった顔をしていた。たしか質素で礼儀を失しない恰好でとのことだったが、エリート校の制服や色味を押さえた礼服を着こむ姿はまるでお見合いに臨むような面持ちで、ハンナが用意してくれたとはいえ、自分の正装姿は安っぽくて場違いに感じた。


 それでもずらりと並んで座る同じようなジャガイモ頭がコントのようで可笑しかった。とはいえ、のんきに笑っている場合でもない。だいたい自分もジャガイモ族だったわけで。


 僕はずっと学校に通っていなかったので、同じ年頃の子たちと狭い部屋に押し込められると恥ずかしいような、息苦しいような気分になった。それにドラゴン病者の叔父がいることが気になり、周りから距離を取られたり指摘されて出て行けと言われるんじゃないかとびくびくした。


 けれど、どの子も緊張していて他に注意を向けている余裕はなかったようだ。みな一点ばかり見つめて深呼吸ばかりしている。それでも僕は検査室に呼ばれたときにはほっとして肩の力が抜けた。本番はこれからだというのに。


 検査は素っ裸でやるんだぜと教会に出入りしている帰還兵が言っていたが、このときは五人ずつ部屋に入ると下着姿になるように指示されただけだった。検査は軍医がやるようで、知らない厳つい顔をした中年男を中心に、同じような目つきの怖い男たちが並んでいた。


 等級は五つに分けられる。A級は体格優秀者で視力が〇・六以上あり、胸囲が身長の半分を超えている現役としてすぐ使える者。B級も現役としてすぐ使える者で、この中でさらに二種に分類されていた。第一と第二に分けられ、第一は合格者になるが、第二の場合はすぐに入営する必要はない。


 合格者はその年の十月前後に本籍地の役場を経由して〈現役兵証書〉が送られてくる。これが来たら、よほどの理由がない限り入営しなければならない。だいたい王国に求められたのは、このランクの国民だろう。入営時期は地域別に決められた軍管区によって違ったが、だいたい年末から翌年の春にかけてだった。


 B級の下はC級で、現役兵士は無理だが、補助要員なら可能だろうという者。健康体だが体格に不満がある場合につけられた。D級は精神障害がある者、E級は病気を持っている者。E級の場合は治癒の可能性もあるため、翌年も検査を受けることになる。 


 検査は身長・体重・胸囲・股下の測定。それから視力検査と視覚異常がないかなどの眼球の一般検査に耳鼻のど・口腔・関節運動の検査。一般の構造と身体各部の検査といったもので、最後に職業や学歴などを話し終了。


 全部の検査を無事に終え、僕はB級の評価を受けた。ただB級第二だったので第一には劣る。身長は申し分なかったようだが、胸囲が細くて物足りなかったらしい。体重も軽いと鼻を鳴らされた。ただ視力は抜群によかったので、それで評価の上乗せが出来たようだ。この日はA級評価を受けた子はいないようで、検査担当者は不作だと文句を言っていた。


 ひとり今にも気絶しそうな顔白い顔をした子がいた。背は僕よりも高いくらいだったが、無理やり神さまに引き伸ばされたような細長い体をしていて、全身に細かいしみが目立っていた。


 一瞬、ドラゴン病者かと思い距離をとったが、医者たちは何も気にしている様子はなかった。ただのそばかすだったのだろう。でも、僕は半信半疑な気持ちでいて、並んでいるときに彼の腕が僕に当たったときはぎょっとして驚いてしまった。


 彼は他よりも長く検査されていたが、結局はC級の評価を受けていた。彼はその評価を聞くと、突然ばたりと倒れてしまった。あとで知ったのだが、彼は徴兵免除を希望していたらしい。


 まだ戦地に行かされるわけじゃないのにと当時の僕は呆れて見ていたのだが、やがて戦況は悪化していき、徴兵を免れるために指を切り落としたり、目を潰したり、また過激な減量や調味料の過剰摂取をして体調を崩そうとする者が現れるようになったのは事実だ。


 ただ、このころはまだ戦火は遠く、戦争の生々しさを僕は感じることなく日々を過ごしていた。徴兵検査もちょっとした健康診断で、ランク付けされるのは意外と面白いもんだとすら感じていたくらいだった。 

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