3-4 強制隔離
ソレイユから教会にいるドラゴン病者のことを聞いてから数週間後だった思う。教会前に自動車が停まっているのを見かけた。
後方に窓がない四角い形をした車だった。街で自動車を見かけるのは珍しかったから、子供たちが周囲に集まってきたけれど、白い帽子とマスクをした防護服の男たちが出てきて威圧的な目で見ると、蜘蛛の子を散らすようにしてみんな離れた。
僕は好奇心が芽生えて、ひとりこっそりと教会の裏に回った。裏庭の井戸のある場所、あのナナカマド木の陰から男たちの様子を見ることにしたのだ。
頭にはドラゴン病者の姿がどろどろとした絵本のドラゴンと重なり、邪悪で恐ろしい姿をして浮かんでいた。一種の肝試しの気分だった。ソレイユにドラゴン病者の姿を自慢げに説明する自分の姿を思い描き調子に乗ってワクワクしていた。
彼らは司祭館に入ると何か言い、それから勢いよく白い粉を部屋中に撒き始めた。むせ返るような消毒薬の臭いが、外にいる僕のところまで届いてくる。僕はその荒っぽい態度に熱っぽくなっていた体が急に強張って緊張し始めた。
逃げ出したくなったがタイミングを逃し、僕はなんて自分がバカだったのだろうと後悔していた。縮こまって隠れていると、裏口からハンナが出てきた。服には先ほどたっぷり撒かれた白い粉がうっすらとかかっていて、強張った顔と重い足取りでドアの横に立つとエプロンの端をぎゅっと握り締めた。
それから男たちに引きずられるようにして、病者たちが出てきた。ソレイユが言っていたように三人いた。ひとりは老人で男だったと思う。棒のようになった細い腕と足には包帯がぐるぐる巻きにされていて、頭には大きな頭巾をかぶっていた。
その人が一番重症にみえた。よろよろとした足取りは今にも崩れ落ちそうで、連れて行こうと手荒に引っ張る男たちに対して、なんの抵抗も示さなかった。そのあとからまだ若い女の人と小さな子供が出てきた。
女の人は腕と首に包帯を巻いていたけれど、他は普通の人と変わりなく見えた。痩せてはいたけれど、目はまっすぐ前を向き、王族のような足取りで男たちの手を借りることなく歩いた。
小さな子供は五歳かそれよりも幼く見えた。淡い光を放つ金髪で色白の肌にはどこにも包帯を巻いてなかった。ただ、わずかに青ざめた頬にはこぶし大ほどの斑紋があり、赤くただれた色をしていた。
僕は邪悪なもの、恐ろしいものが出てくると思っていた。顔は変形して崩れ、異臭を放ち、体のあちこちが欠損している怪物のような姿だと。けれど間近で見たドラゴン病者たちは、驚くほど自分と変わらない容姿だったため、ひどく混乱した。
彼らよりも、引っ立てていく男たちの方がよほど人間味がなく恐ろしかった。男たちは表情ない顔をして、ぞんざいに病者たちを扱った。痩せた老人を木の棒でも扱うように引きずり、怯えた大きな目で見上げる子供に、なんの同情も示さなかった。そのくせ、若い女性には卑猥な仕草をして嫌がると白い粉を顔にぶちまけた。
窓のない自動車に男たちは病者を押し込んだ。後ろのドアが両開きで、中には汚れた布が敷いてあるのが見えた。その上に病者たちが崩れ落ちるように座ると、男たちはぴしゃりとドアを閉め、重厚な鍵をかけた。この時は知らなかったけれど、ソレイユからあれは死体を運ぶ車と同じなのだと聞いた。
それから数日間、司祭館と教会や敷地内全部が真っ白の粉に覆われ、そこだけ雪が降ったようになった。雨が降り、粉を洗い落とした後も、きつい消毒薬の臭いが街中に漂っていた。
ドラゴン病は八七三年にアルマウェル博士によりヴィーヴル菌が発見され、細菌による感染症であることが分かっている。
国の対策で九〇七年には「ヴィーヴル予防法」が成立し、九〇九年より施行。全国を五ブロックに分け、公立の療養所が開設された。このときは強制ではなく、あくまで自発的隔離だった。
九三一年には法律が大幅に変更され、隔離の対象が全患者になり強制・絶対隔離となる。王立の療養所が設置され、他の療養所も公立から王立へと移管された。僕が教会にいるドラゴン病患者を目にしたのは、強制隔離が進むさなかの出来事だった。
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