ドラゴン病

3-1 墓地 932年10月

 ソレイユとは普段、森の奥や秘密基地で遊んでいた。それでもたまにソレイユのお屋敷近くまで行くことや、街に出て路地裏を歩いたり、教会の墓地を散策することもあった。


 墓地では墓に刻まれた数字を見て歩いた。自分たちよりも幼くして死んだ者、同じ歳の者、ずっと長く生きた者を探しては面白がった。


「私は若くして死にたいわ」


 ソレイユは二十歳で死んだ女の墓の前で言った。その人の墓の隣には、うんと長く生きた夫らしき人物の墓もあった。僕は何とはなしに眺めたあと、首を振った。


「僕は長生きしたいな。誰よりも長く」

「どうして?」


 ソレイユは眉根を寄せ、口を尖らせて僕を見た。彼女は違う意見を言われるのを嫌った。なんでも賛成されて当然だと思っていたのだ。僕はそんな彼女を疎ましく思いながらも、同時に愛情も感じていた。


「世界で一番長生きして、世界で一番物知りな人になりたい」

「よぼよぼのお爺さんになっても?」


 そうだ、という僕にソレイユはバカにしたように鼻を鳴らした。彼女は見ていた墓に手にしていたデージーの花を添えると、くるりと背を向けて歩き出した。


「どこいくの?」


 僕の声を無視してソレイユはどんどん歩いて行く。角を曲がり姿が見えなくなってから、僕はやっとその場から移動した。たぶんソレイユは教会の正門前を通り抜け、井戸がある裏庭に行くのだろうと思った。ソレイユの手は草木を触って汚れていたし、彼女は汚れにうるさかった。


 ソレイユのあとは追わず、反対側の道から裏庭へ向かった。古ぼけた司祭館にはダミアン神父と彼の妹ハンナが住んでいた。二人とも教区の活動に熱心で、ダミアン神父は髪が薄くなってきていたが、ハンナのほうは女学生のようにはつらつとしていて誰からも愛されていた。


 駆け足で進み、ソレイユが来る前に井戸までたどり着けた。ややあってから白いペンキが剥げかかったフェンスを開けて、彼女がうつむき加減で歩いてくるのが見えてきた。僕は驚かそうとナナカマドの木の陰にこっそり隠れた。


 ソレイユは相変わらず口の先を尖らせて眉間にしわを寄せていた。途中で立ち止まり後ろを振り返ったところを見ると、僕があとを追ってこないのを不満に思っているらしい。僕はますます面白くなってきて緩んでくる口もとを右肩に当てた。


 ソレイユが近くまで来たとき僕は木陰から飛び出そうと足に力を入れた。が、その瞬間、裏口が開いてハンナが顔を出した。ソレイユは驚いて小さく身体を跳ねさせた。


「あら、ソレイユさん」

「ああ……、ええ、そうよ」


 ソレイユは居心地悪そうに身を揺らし、ハンナは周囲に視線を飛ばした。僕は木陰にうずくまり見つからないようにじっとしていた。


「あの……、手を洗いたいんだけど、いいかしら?」

 ソレイユは両手を伸ばして、手のひらを見せた。

「あらまぁ、いいですよ」


 ハンナはにこやかに笑うと井戸から水を汲んでソレイユに渡した。ソレイユが手早く洗うと、彼女は手ぬぐいを差し出した。


「これでよかったら、拭いてね」

「ありがとう」


 ソレイユは軽く、ささっと手を拭うと後ろに回した。それから、ゆっくりとした動作だったが、スカートに手をこすりつけた。僕はそんな彼女の仕草を見て不思議に思った。ハンナはいい人で、なぜ嫌がる仕草をするのか理由が分からなかった。


 彼女はぎこちない笑みを浮かべながら別れの挨拶をすると、小走りで来た道を戻って行った。ハンナはそんな後ろ姿を見送った後、僕が隠れるナナカマドへと体を向けた。真っすぐにこちらへ進んできたかと思うと木の前で止まり、腰に手を当てて言った。


「こらっ」


 僕はウサギが飛び出すみたいにして、木陰から出た。ハンナは笑い、湿っていた手ぬぐいで僕の頬を拭った。


「かっこいい顔が汚れてるじゃないの。きれいにしときな、もったいない」


 僕はごしごしと顔を腕でこすった。それから可笑しくなって笑った。かっこいいなんて言われたのはそのときが初めてだった。嬉しさと照れで、僕は顔を隠した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る