2-2 仲直り

 僕は出会ってすぐの頃から、ソレイユのことが好きになっていた。もちろん黙っているときが一番好きだったけれど、ずげずげ言われるのも慣れれば平気になっていた。言葉が次々出てくるのが楽しみなくらいで、他では静かな生活をしている分刺激になってよかった。


「あんたって、大バカで間抜けで弱虫よ」

「君はわがままだ」

「なんですって」

「わがまま」


 ソレイユは原型が崩れるほど顔をしかめると地団太を踏んだ。そんな彼女を無視して僕は反対側の木に取り掛かる。何度かジャンプして枝につかまると、腕だけの力でよじ登った。それから彼女に向けて手を伸ばす。


「ほら、結ぶから布をよこしてよ」

「テーブルクロスよ。ジャカード織りでガルニエ・ティエボーなんだから」

「知らないよ」


 僕の関心のなさにソレイユは眉毛と鼻がくっつくほど顔を縮めながら、布の端をうんと背伸びして僕に渡した。僕はまだ頬の赤い彼女の顔を見ながら――その額にかかる茶色の巻き毛を見ながら、「ごめんね」とつぶやいた。謝ろうと思ったというよりも、自然と言葉がこぼれ出た。


「早く結んでよ」

「うん」


 ソレイユは不機嫌に腕をくんで僕を見ていたけれど、今度は結び終えるまでずっと黙っていた。作業が終わって木から飛び降りると彼女は駆け寄ってきて、いきなりぎゅっと飛びついて来た。


 びっくりしている僕の耳元で彼女は「ごめんね」と囁くと抱きしめる手に力を入れた。左耳がくすぐったい。石鹸だろうか、優しい甘い香りがした。


 僕はそっとだけ抱き返して体を離した。見合わせた彼女の顔は微笑んでいて、僕はそれだけで幸せだった。気恥ずかしさと幸福の混じりあった日々に、切ないほど細い絆を切らさまいと怯えながらたぐりよせていた。


 僕らはいつもすぐ言い争いをして、それからあっさりと仲直りしていた。翌日まで喧嘩を持ち越すなんてことは、あまりなかった。僕らは二人とも自分たちは孤独で恵まれない子供だと思って、どちらが不幸か競い合うようなまねもしていた。


 僕からすると、ソレイユの暮らしぶりは贅沢で文句なく思えたが、それでも通い合う心は、互いに孤独なのだと知らせていた。今が一番不幸なときで、思い通りにいかないことばかりに埋め尽くされている気分。あと少し世界が広がればどんなに爽快だろうと息苦しさの中でいつも考えた。


 僕たち二人とも何かが欠けているのを自分で分かっていて、どうにかしてそれが補い合えないかと探るようにして確かめ合っていた。ソレイユは溢れんばかりのエネルギーを小さな体に詰め込んで破裂しそうだった。僕はそんな彼女の熱に当てられて、自分も頑張ろうと足りない中でもあがいていた。


 ただ、僕の場合は自分のためというよりも、彼女のため――ソレイユに認められたいという気持ちから来ていたように思う。彼女のそばにいれば、僕も自由に羽ばたける、そんな気がしていたのだ。


 きっと愛していたんだと思う。これが恋なのだと自覚するよりも先に、僕はソレイユを愛していた。それは孤独を癒そうとした結果でもあり、理想を追い求める手段でもあったのだろう。僕は……、僕たちは寂しかったのだ。

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