2-1 喧嘩
僕とソレイユの共通点といえば年齢くらいで、あとは生い立ちも育った環境も性格や趣味もまるで正反対だった。彼女はシレーナの町で一番の財産家ハーゼンズ家の一人娘。孤児同然の僕とは大違いだ。
それでも僕らは仲良くやっていたと思う。初めて会った日からずっと毎日のように二人で遊んだ。川での水遊びや、森で探険ごっこをしたり。僕らは隠れるようにこっそりと会っては無邪気に遊びまわり、過ぎてゆく時間が惜しいくらいだった。
どちらから言い出したわけじゃない。でも、自然と僕らは友情をひた隠し、そのことでより二人の仲を結束させていたように思う。お互いに、ひとりで遊んでいる、そういうふりをして大人をだますことを楽しんでいた。
ソレイユは焦げ茶色の長い髪が毛先にいくにしたがって緩い巻き毛になっていて、陽の光の下ではそれが琥珀色に輝いて綺麗だった。瞳も深い茶色で一見すると黒に見えたが、のぞきこんでちゃんと見ると、彼女が自慢するように金色の虹彩がひまわりのように瞳の中で花開いていた。
ソレイユは気が強く活発で、体を動かして遊ぶのが好きだった。ただ、その割には服が汚れるのを嫌がるので、僕に指図してばかりのことも多かった。普段の彼女は口を開けば僕を罵倒して怒ってばかりいた。ソレイユにしてみたら、僕はのろまで不器用で、どうしようもなくひ弱なバカだったから怒るのも当然だったのかもしれないが。
「ルギウス、あんたってどうしてそんなにバカなの?」
そんな言葉を何度も投げつけられた。舌打ちにため息。ああ、じれったい、と言った顔をしてイライラし始める。僕はそのたびにしょんぼりしていたが、それでいて心の隅では、怒り出す彼女を面白がって眺めている自分もいた。
あの日も、ソレイユは眉間にしわを寄せ、額に浮かんでいた汗を拭いながら僕をにらみつけ、「あんたってバカでしょ」と言って、あとはただ黙って、ひどく不機嫌な顔をしていた。まるで僕がうんと年下の弟で仕方なく世話してやってるんだというように。
「バカじゃないさ」
僕は一応の反論はするのだが、ソレイユはさらに鋭くにらみつけてくるだけ。何を言ったところで彼女を負かすのは無理だった。そもそも僕にそんな気もなかったのだけれど。
僕らは秘密基地を作ろうとしていた。本当は木の上に小屋を建てたかったのだけれど、子供二人ではとても無理で、仕方なく小川のほとりに生える木々にテーブルクロスを天蓋にして吊るすことで妥協していた。テーブルクロスはソレイユが家のお屋敷から、こっそり盗んできたものだった。
「バカよ。だって、そっちを先に結ばないとダメに決まってるじゃない。そんなことも分からないの?」
僕は一番下の木の枝までなんとかよじ登り、そこに布の端をロープで結ぼうと四苦八苦していた。ソレイユはそんな僕を見上げながら監督していて、文句ばかり言っている。「ありがとう、ルギウス。頑張って」などとは口が裂けても言わない。
「ソレイユは黙っててよ。うるさいな」
木の上にいるのをいいことに、思い切って強めに主張してみたのだが、ソレイユの目が線のように真っすぐ細くなるだけだった。それから爆発するように怒った。
「なんですって」
ソレイユは転がっていた木の実を拾い上げると、僕にぶつけてきた。一つ目は肩に、もう一つは当たり損ねて木の幹にぶつかって落ちた。気のいい僕もさすがに頭にきていたが、黙々と必死で手を動かして布を結び終えると、勢いよくぴょんと地面に下りて、それから大人しく静かにしていた。
「あんたってバカよ」
黙って見ている僕に、彼女は辛らつな言葉を次々とぶつけてきた。僕は彼女の頬がだんだん赤く染まり、やがて首まで侵食していくのを興味深げに眺めることで言葉を無視していた。ちょっと遠くで何か言ってるな、という程度でかなり早い段階からそれが上手くなっていた。訓練されたと言っていい。人は慣れるものだ。
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