1-2 家族の死

 僕の人生の歯車が狂い出したのは、いつからだろうか。楽しい時間は短い。常に邪悪さが絡みついてきて僕を飲み込もうと狙っていた。


 次に目の当たりにした邪悪さは、父だった。きっかけは次々と家族が事故や病で死んだことだった。あのころは周りから呪われた家族だと噂されていたのを、幼かった僕ですら知っていた。


 兄弟たちはひとり本ばかり読んでいた僕とは違い社交的で、特に長兄は近所での評判も抜群だった。当時は学校といっても簡単な読み書きさえ出来るようになれば合格だったが、都会に出て勉強するようにと兄は勧められ、多くの期待を浴び、いつも輝いていた。


 乗馬も得意で、彼にかかれば悪名高い暴れ馬も飼いならされた犬のように大人しくなる。

「ほら、ルギウス乗ってごらんよ」

 兄はそう言って僕を馬に乗せてくれた。心配する母をよそに彼は笑って言う。

「任せてよ、母さん。落とすもんか」


 広がる田園、真っすぐな道。向こうにはなだらかな丘がいくつも見える。今日はあの丘へ、明日はあっちへ。兄は僕を乗せてどこまでも走ってくれた。流れ去る風に髪がなびき、まぶたにかぶさっては視界をふさぐ。預けた背に兄のぬくもりを感じていれば何も怖くなかった。


「ギャロップ、ギャロップ。もっと速く」


 あの背が高く、すらりとした手足に、日に焼けた肌。誰もが憧れていた。

 自慢の兄だった。


 次兄も長兄に比べると見劣りしたが、それでも十分優秀な人だった。長兄よりも人懐こい愛嬌のある性格で、賑やかな場所にはいつも彼の姿があった。悪さを教えてくれたのも彼だ。いたずらして怒られても、いつもすぐに笑っておどけてみせていた。木登り、川遊び、狩りのまねごと…… 

 

 悪さはしても僕や友達を裏切るようなことはなかった。僕のかわりに怒られることがあっても、ペロっと舌をだして目配せしてくるだけで。


 三人の姉たちも近所で評判の美人姉妹で、十代も半ばになるころから結婚の申し込みが絶えなかった。お菓子を分けてくれたり、本を読んでくれたり……、花の王冠を作って頭に乗せてくれた。


 次兄はからかってきたけれど、僕はあの遊びが嫌ではなかった。追いかけっこして、花畑に寝転んで、タンポポの綿毛を飛ばして遊んだ。


 みんな明るく賑やかな人たちだった。本当に賑やかだった、あの頃は。とても僕の家族だったとは思えない。母さんも優しく穏やかな人だった。父もあの頃は豪快に笑い、僕を肩車してくれることもあったんだ……


 僕が七歳のとき、母は死んだ。出産に耐えられず、そのまま逝ってしまった。生まれた赤ん坊は妹だったけれど死産だった。僕に妹がいたかと思うと、今でもやりきれない。もし生きていてくれたら、どんなに慰めになっただろう。僕は孤独だ……、みんないなくなってしまった。


 前年には長兄が落馬して死んでいた。年の暮れには結婚して家を出ていた姉が母親と同じように出産に耐えられず死んでしまった。このことで女は出産で死ぬんだという考えが僕に刻み込まれたのだろう。僕には神聖で素晴らしいものだとは、どうしても思えない。ソレイユだって……、彼女も…… ああ、一年が過ぎても痛みは増すばかりだ……


 その後も事故や病で兄弟は死んでいき、父は酒浸りになって、元々貧しかった家は僕ひとりを養うのも無理なほど急速に廃れていった。

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