戦いの詰め―――――――――――――――――――――――――――――――
100.ヒトの戦術・魔物の戦略
「どうやらぁ、敵は自ら退路を断ったようですねぇ」
戦況の変化を、高所から戦場を俯瞰していたラートゲルタが分析する。
その言葉に、ルシラは振り向いた。
「何故分かる?」
「あの必死さには裏があります~。何か、怯えるように攻めてきていますからぁ。おそらく、逃亡禁止の厳命が出たのでしょう~」
「ふむ。敵は決して退かぬのだな?」
ラートゲルタの言葉から、ルシラは確認を行なう。
それが少し不思議だったのか、ラートゲルタはきょとんとする。
「はい。それが何か?」
「いや。私は昔よく、軍棋版でリーグと戦うと、ある方法で負けたんだ。攻勢に転じた瞬間にな。これは、その戦法を実践できるかもしれない」
薄ら笑いながら、ルシラはそこで作戦を相手に語る。
それを聞いたラートゲルタは、納得した面持ちになった。
「なるほど~。それは妙手ですね」
「あぁ。全軍に通達。一時後退せよ。ただし――」
目を細め、ルシラは近くの兵士を伝令に出す。
その顔は、少しだけ策士めいていた。
「ただ退くのではなく、中央に誘い込め。出来るだけ、多くをな」
後退の命令を受け、シグたちは追いすがる敵を引きつけながら後退していく。
中央の斜め前方を守るシグたちは、上手く敵を中央へ引き込むように応戦し、そして敵を追いやる。
時折、更に斜め前方からの敵も流れてくるが、それも上手くいなして、敵を戦場の中央へ中央へと固めていく。
「なるほど・・・・・・そういう作戦か」
戦いながら、シグはルシラの作戦に気づいた。
具体的にどういう作戦かは伝えられていない。
だが、少し戦術をかじり、こちらの戦力を把握している者ならば、状況から簡単に察する事ができる作戦だ。
それは、サージェやエヴィエニスなどにも伝わったらしい。
「分かりやすいけど、相手が退かないなら効果的じゃない?」
「あぁ。相手が決死で向かってくるなら、こっちはそれを必殺してやればいい。向こうが腕力頼みだろうが、ヒトには頭脳がある」
言って、シグは背後の高所に目を向ける。
そちらでは、大筒の砲口と、機関銃の銃口が、戦場に向けられつつある。
敵は、中央に固まって、前へ前へと進もうとしていた。
密集した敵は、前に怒濤となって進もうとしている。
一見脅威、しかしその実は狙いやすい的となっていた。
「これで、詰みだ」
そう、シグが口にした瞬間、まるで図ったかのように、砲弾と弾幕が発射された。
中央に固まった敵へ、斜め前方の高所から一気に銃弾と砲弾が殺到する。
敵は、完全に網にかかっていた。
密集した敵へ打ち込まれる弾丸は、一斉に魔物を巻き込み、大虐殺を開始する。
敵は瞬く間に勢いを失うと共に、一気に壊滅していった。
魔物たちは砲弾に粉砕され、銃弾によって蜂の巣にされる。
戦場中央で固まった敵は大打撃を受けると共に、これにより戦場での趨勢がほぼ決まっていった。
大大陸の各戦場では、戦況が大いに傾いていた。
亜人の参戦による巻き返しと、同時に人間たちが繰り出した戦術によって、戦況は人類側優位となって固まっていった。
この戦況を、魔王たちは歯がみしながら見る。
「くそ・・・・・・このままで済むと思うな!」
憤りながら、魔王は逆転の方策を考える。
ここは自分が出るべきか、あるいは他に作戦はないかと思案する。
そんな中、であった。
魔物の一体が、魔王の元へ駆けつけてくる。
「ま、魔王様! 魔神軍師様より伝令が来ております!」
「なに? 一体何だ?」
突然の伝令に、魔王は不審がる。
今回の戦いは、魔王各自に任されており、魔神たちは関与しないといっていた。
それが、急に使いを送ってきたのはどういう意味か、すぐには察せられない。
そんな中で、魔物は言う。
「で、伝令によると、『全軍、これ以上の戦闘を中断し、撤退せよ』とのことです!」
「・・・・・・なに?」
その言葉に、魔王は耳を疑う。
そして、魔王という存在で有ながら珍しく動揺した。
「そ、そのような命令が出たのか?」
「はい。理由を尋ねるようならば、『戦況不利につき』と言うように言われております!」
魔物が答えると、それを聞いて魔王は歯がみする。
「ぐっ・・・・・・だが、それでは我らが負けたということではないか。我らはまだ戦える。この戦況を打開してみせるゆえ、今しばらく待ってくださるように言葉を返せ!」
「・・・・・・その件、なのですが」
魔王の言葉に、魔物は少し言いづらそうに口を開く。
それに、魔王は不審を浮かべる。
「なんだ?」
「もし、抗戦を主張するようならば、こう伝えよとも来ました。『戦況は極めて不利。魔物全体にひどい被害。これ以上戦えば、魔王はともかく軍勢自体にひどい損失が出る。ゆえに、撤退せよ』とのことです」
詳らかに、理由を畳みかけられ、魔王は息を呑む。
魔神軍師は優れた戦略眼を持つと共に、よく魔物たちの事を知っている。
自分たちがどういう判断をするか、反応をするかを読んだ上で、命令をしてきているのだ。
そのことに、魔王は驚嘆するほかない。
「さらに、こうとも。『もしそれでも戦うということならば、勝つにしろ負けるにしろ、お主らの命の保証はできない』と」
それは暗に、勝っても負けても、これ以上戦えば処罰をするという恫喝であった。
この場合、処罰がどのようなものを指すかは容易に想像できる。
つい先だっても、命令違反した魔物が大魔神に処罰されたばかりだ。
その言葉に、魔王は再び歯がみする。
そして、苦慮の上で、顎を引いた。
「・・・・・・分かった。他の魔王にも伝えてこい。我らは、撤退の準備に取りかかる」
「は! 了解しました」
指示を受けた魔物は、ひとまずほっとして別の魔王の元へ向かう。
そいつが遠ざかり、一人になったところで、その魔王は天を仰いだ。
「・・・・・・おのれ、人間ども。この屈辱、忘れはせんぞ」
そう、魔王は復讐を誓う怨嗟の声を上げるのだった。
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