99.共闘と背水

 戦場の戦況は、徐々に逆転していった。

 亜人たちの参戦により、人間たちは体勢を整える時間を得るとともに、魔物たちの間には動揺が広がっていった。


「ぐっ! 馬鹿な! 何故人もどきが人間の味方を?!」


 魔王の一体が、人間に味方する亜人たちを睥睨する。

 亜人たちの戦闘能力は、一体ごとに言えば人間より上だ。生命力の面でいえば、魔物と遜色ないほどである。

 それが群れとなって襲いかかるのだから、その力はなかなかのものであった。

 睨みつけてくる魔王の鬼気に、しかし亜人たちは臆することはない。


「ふん。理由ならいろいろある。打算や損得勘定、それに感情など、様々な訳があるな」

「だが、理由として一つあげるならば、だ」


 言って、亜人たちは魔王に襲いかかる。


「交渉の余地がある人間と、我らを『人もどき』扱いするお前ら――どっちにつくべきかは明白だ!」

「ぐ・・・・・・おのれ、人もどきが!!」


 亜人の言葉に、魔王は悪態をつく。

 そして、亜人の群れとの戦闘に入っていった。

 戦術の通り、亜人の個々の戦闘力は人間より優れている者が多い。

 それが束と成ってかかるのだから、魔王とは言え、互角以下の戦いを強いられる羽目となっていた。

 その光景を、戦場にいた者たちが戸惑いをもって見る。


「――これは、どういうことだ?」

「分からん。だが、どうやら亜人たちは我らを味方してくれるらしい」

「・・・・・・理由なら様々あるだろうが、今はこれに乗じるべきだろう」


 亜人が味方になった、その理由をいまいち把握しきれていない各自は、しかしこの状況を見て亜人とは共闘すべきだと判断する。

 このあたりが、魔物と人間の違いとも言えた。

 敵の敵は味方、そう発想できるのは、人間のある種の強みであった。


「全軍、亜人たちと協力して魔物を討つぞ! ここが勝負時だ!」


 そう言って、兵士たちは攻勢に転じる。

 魔物たちは、その攻勢に押され出した。




「ぎゃあああ! に、人間どもが来たぞ!」

「う、うろたえるな! 人間どもは皆殺しだ!」


 戦況の変化に、魔物の中には狼狽する者も現れ始めていた。

 それを、結束を取り戻そうと一喝する者もいたが、しかし団結には乱れが生じていた。

 元々、魔物の多くは今まで協力もしていなかった種の連合軍である。

 その結束は一枚岩ではなく、ひとたび綻べば崩壊しやすいものであった。

 そのため、魔物の中にはこの混乱の戦況で、逃亡を開始する者も出始めた。


「う、うわぁぁああ! た、退却ーっ!」


 そう言いながら、人間の勢いと、亜人たちの加勢に恐れをなして、この場を離れようとする。

 戦略敵撤退ではなく、単なる逃亡だ。

 徐々に崩れている魔物たち――それを止めたのは、一つの恐怖だった。

 突然、後退する魔物の集団が、空間の歪みに巻き込まれ、四散する。

 爆砕した魔物の群れに、他の魔物たち、中には逃げていた魔物たちもいるが、彼らはぎょっとする。

 視線は、やがてこの場に現われた一体の魔物に向かう。


「ま、魔王様?!」

「逃げることは許さん」


 静かな声で、現われた魔王は告げる。

 その声に、込められた威圧感と迫力に、魔物たちは絶句した。

 まさか同じ魔物を容赦なく殺すとは、思っていなかったに違いない。

 そんな周囲の愕然の中で、魔王は言う。


「さぁ選べ! 逃げようとして確実に我から殺されるか。それとも、希望を胸に敵と戦うか――選べ!!」


 静かに、しかし最後は恫喝する。

 暗に、それは逃げ出せば殺すという、決死の突撃命令の宣告だった。

 その言葉に、魔物たちは震え上がる。

 魔王は本気だ。

 逃げ出せば殺され、戦わなければ殺される。

 魔物たちに残された道は、前進して人間へぶつかるしかない。


「と、突撃! 人間どもへ突撃だ!」

「こ、殺す! 人間どもは皆殺しだ!」


 恐怖に支配され、そして一縷の望みをかけ、魔物たちは攻め込み出す。

 狂ったように、彼らは人間へと突撃していった。

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