戦いの転機―――――――――――――――――――――――――――――――

98.その正体は

 魔王が前進してきたことにより、一度は翻弄された魔物たちも、今は完全に息を吹き返していた。

 同時に、彼らは勢いを増し、人間の兵士たちに襲いかかる。


「げひゃひゃひゃひゃ! 人間どもめ、思い知ったか!」

「我らの前に、人間など虫けら同然だ!」

「皆殺しだ! 皆殺し!」


 おのおの笑い叫びながら、魔物たちは攻撃を仕掛けてくる。

 彼らの猛攻を前に、各地の戦場の人間側は続々と不利な戦況へ傾いていき、劣勢に立たされていた。

 それを見て、魔物たちは優位を確信してどんどん攻め込む。

 だが、その最中、各地の戦場で一斉にある異変が起きた。

 突然として、魔物の軍の横腹から、悲鳴の波が起きたのである。

 同時に、矢が飛んできたり、その横腹を敵兵に攻撃され始めたりしだした。


「な、なんだ?!」

「うろたえるな! どうせ人間の悪あがきだ!」


 動揺する魔物に、別の魔物が言って体勢を立て直そうとする。

 だが、そんな彼らの応戦にも構わず、事態は徐々に悪化していく。

 魔物たちは、徐々に蹴散らされていったのである。

 その勢いは尋常でなく、軍勢は大きく前後に分断されかかっていた。

 この事態に、ある魔物が気づく。


「ま、まずいぞ! 敵は、人間じゃねぇ!」

「どうした? 何があった?」

「敵は――ぎゃああ」


 事態に気づいた魔物だが、次の瞬間、その魔物は切り込んできた影に襲われていた。

 襲われた魔物たちは驚愕する。

 何故ならば、襲ってきた敵の正体は――




 ラクスナードブルク平原の高所に位置する本陣にいたルシラは、右往左往していた。

 戦況の推移を、報告に聞く兵士たちから聞いていた彼女は、劣勢が続く戦場の状況に落ち着こうとしていた。


「ぐっ・・・・・・私はここで戦況を聞く事しかできぬのか・・・・・・!」


 歯がみした後、彼女は近くにいた副官の騎士・ラートゲルタを見る。


「ラートゲルタ! 私も前線に出て戦っては駄目か?!」

「駄目でぇす。姫様はこの戦いの大将の一人ですから、全軍を指揮してもらわないとぉ」


 ルシラの確認に、ラートゲルタは即答する。

 ほんわかと釘を刺す彼女に、ルシラは「うっ」と呻く。


「しかし、それで戦いが不利になっては・・・・・・」

「姫様は、一人で百人を一気に倒せる大英雄か何かですかぁ?」


 確認するように、ラートゲルタは言いながら目を細める。

 細めるが、その目は一切笑っていなかった。


「前にも言いましたが、貴女一人でどうにか出来るようなものではないのですよぉ、戦というのは」

「わ、分かっている。だから我慢しているのではないか!」

「同じようなやりとりが、すでにもう十二回目ですがぁ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 指摘を受け、ルシラは口を噤む。

 具体的な数まで覚えられて諫言されるとは思っていなかったのか、彼女は少なからず羞恥を覚える。

 が、そんな中で、また新たな兵士が駆け込んできた。


「ほ、報告します! 敵の横やりをつくことに成功し、軍が持ち直し始めています!」


 一見、喜ばしいはずのその報告を聞き、しかし二人は一瞬喜色を浮かべた後、はたと気づいて不審な顔をする。


「それは、どこの部隊がついたのですか?」

「え、援軍です!」

「援軍?」


 顔を合わせ、二人は考える。

 今のところ、二人は援軍を頼んだ覚えはない。

 また、この戦況で、他の部隊がこられる見込みもなかったはずである。

 それなのに、援軍とはどういうことだろうか。

 そんな中で、ルシラはふと思いつく。


「いや、待て。まさか――」


 自分の考えを否定しかけ、しかしルシラはそれしか考えづらいと思った。

 同時に、ラートゲルタの方を見る。

 どうやら彼女も、その可能性を思い至ったのか、しかし顔には困惑を浮かべていた。


「まさか・・・・・・本当に?」


 そう言い、彼女たちは本陣の幕営から戦場が見える位置へ移動する。

 そして、目にした光景に目を剥いた。

 なぜなら、横やりをついたという味方の正体は――




 中列まで戻ったシグたちは、しかしすぐにまた魔物の相手をする羽目となった。

 一度は動きを躊躇した魔物たちが、人間側が退いたのを見て、またも襲い返してきたのである。

 幸い魔王級はいなかったため、シグはハマーやビアリたち兵士、そしてサージェやエヴィエニスなどの練想術士の力も借りて、なんとか敵を食い止めていた。

 そんな中、敵がいきなり崩れだし、後退したのである。

 何者かが魔物側の横やりをついたためであるが、それにシグたちが気づくには時間がかかった。


「敵が退きましたね。これは・・・・・・?」


 後退していく敵を見て、エヴィエニスが不審がる。

 彼女だけでなく他の者も同様だったが、そんな中、やがて魔物が退いた方角から、こちらへやって来る影があった。

 が、人間はない。

 姿形は人間と似ているが、風体は全く異なる彼らに、兵士たちは構える。

 が、すぐにその姿に気づいたシグが、彼らを止める。


「待て。あれは・・・・・・」

「おーい! みんなぁ、お待たせ~」


 元気な少女の声はやってくる異人の群れの方から聞こえてきた。

 聞き覚えのある声だ。

 やがて、それらの合間から、見覚えるある少女が進み出てきた。

 ルメプリアである。

 彼女が混じっているのは、そう、亜人の集団であった。

 武器を携えた亜人の部隊が、連合軍に向かってきたのである。

 そんな中、ルメプリアが近づきながら言う。


「いやぁ、ごめんねぇ。世界各地の亜人たちとも交渉に行っていたら、ここに来るの遅れそうになっちゃった!」

「今、さりげなく凄いこと言いましたね」


 とんでもないことを口にした相手に、シグは思わず呆れた様子で呟く。

 一方で、他の面々は驚愕していた。

 まさか、本当に亜人たちが人間側について戦ってくるのとは思わなかったのだろう。


「遅れてすまぬ。今から、我らも加勢しよう」


 驚愕する一行の前へ、進み出て言ったのはアダルフだ。

 普段より豪勢な装備を身に纏った彼に、亜人たちは顎を引いたりして賛同する。

 亜人は、彼ら犬を模したもののみでない。

 馬や猫などの顔を模したもの、あるいは鱗などを生やしたものなど様々だが、みな思いは一つで、人間の加勢をしてくれるということらしかった。


「来てくれたのですね! ありがとうございます!」


 みなが茫然とする中、サージェがいち早く感謝の声を返す。

 素直な彼女の声に、他のみなもやや遅れて頭を下げる。

 助けに来てくれたことに、この場では素直に心強く感じられた。

 一方、そんな人間と亜人のやりとりの中、シグを見つけた様子のルメプリアが駆け寄ってくる。

 そして、シグの前でふんぞり返る。


「どうよ! 私の説得で亜人たちも協力してくれたわ! この精霊様を褒め讃えなさい!」

「・・・・・・はいはい。流石ですね」

「本当ですね」

「凄いと思うよ」

「かるーい! もっと崇めなさいよ!」


 軽く流すシグたちに、不満を露わにするルメプリアだが、そんないつもの彼女が、むしろ戦場に一時の清涼剤となった。

 皆で互いに笑いながら、シグは言う。


「そうですね。ですが、それは後にしてください」


 そう言って、シグは亜人たちを見る。


「亜人がたの協力も得ながら、ここから押し返します。反撃の時間です」

「ま、そうね! じゃあ、ぼこってやりましょう!」


 シグの言葉をもっともだと感じたのか、ルメプリアも頷く。

 そして、彼女は再び攻撃のタイミングを図っている様子で姿を見せる魔物たちに向け、指を突き出す。

 それを見ると、シグたちは頷くのだった。

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