97.激戦と苦戦

 地中からの奇襲は、シグによって見抜かれ、兵士たちはそれに上手く対応した。

 だが、被害を押さえる事には成功したものの、どうやらこの攻撃は戦端であったようだ。

 それまで緩かった魔物たちの攻勢は、これを機に一気に強まり、徐々に猛攻へと変わっていた。

 魔物たちは、その奥から。圧倒的な物量と、耐久性の高い戦闘力で人間たちへと迫り、そしてついに人間たちを間合いに捉える。

 出来るだけ維持したかった遠距離戦から、人々は近距離戦に移行するほかなく、戦闘は激化し、徐々に人間の間でも戦死者が出る厳しい戦況になり始めた。

 人の兵の総量と魔物の数の比は三対二といったところであるが、しかしそれでも、ラクスナードブルク平原の戦況は、徐々に魔物優位になりつつあった。

 そんな中、地中から攻めてくる魔物に対抗していたシグの元へ、前線から兵士が駆け込んでくる。


「申し上げます! 前線の味方が苦戦中! 至急救援を願いたい!」


 手近な魔物を討ち取ったシグは、その言葉に、顔を前線の戦場へと向ける。


「具体的には?」

「上空、地中、そして地上からの猛攻で、前線が徐々に包囲されつつあります! 騎士たちは奮戦していますが、このままでは!」

「――分かった。すぐに向かう!」


 即座に判断を下し、シグは後ろへ目を向ける。

 そこでは、周囲を魔物からの攻撃に警戒するサージェとエヴィエニスの姿があった。


「エヴィー、サージェ! 俺は前線の救援に向かう! この場の敵の処理と、前線からの味方の撤退のフォローを頼めるか?!」

「構いません! ですが、貴方一人で向かうのは危険では?!」

「問題ない。そう長居はせずに戻ってくる!」


 相手の懸念にそう答え、シグは駆け出す。

 走りながら、そういえば思わず敬語を使い損ねたことを思い出すが、しかしこの激化する戦場でそれを反省している暇はなく、シグは前線へ駆けるのだった。



 最前線の部隊は、現在上空、地上、地中からの三方向から、代わる代わるで攻められていた。

 モグラ兵による攻撃から始まった相手の猛攻に、兵士たちは徐々に押され出し、数も減らしている。

 そんな中でも、実力者の騎士が奮戦することで、なんとか前線の崩壊だけは回避している現状だった。


「くっ! キリがないな、こいつは!」


 悪態をつき、ビアリが魔物を討ち取る。

 近寄る魔物を討ちとりつつ前線を鼓舞するのは、彼以外にハマーもいたが、ビアリの弟は彼のように悪態をつく暇もない様子で、ただただ敵と戦い続ける。

 とにかく前線は激戦と化しており、余計な気遣いを回すいとまはなかった。

 そんな折である。

 二人の背後からやってきた影が、突然敵の中へ躍り出て、敵を切り裂き始めた。

 鋭い斬撃と、鋭い動きに、思わず魔物たちも怯み、攻勢が緩む。

 その正体に、ハマーたちはすぐ気づいた。


「! シグ!」

「無事か?! 一旦後退するぞ!」


 こちらに半ば振り向きながら言うシグに、二人は頷く。

 戦況は五分だが、勢いに乗る相手に接近戦を続けるのは危険だ。ここは、一度引いて体勢を立て直す方が良いと言う判断だった。

 他の騎士たちと共闘しつつも、三人はしんがりとなって戦いを続ける。

 ビアリとハマーも腕利きだが、それ以上にシグがいるのが心強い。

 彼の奮戦のおかげで、兵士たちも順調に後退しつつあった。

 しかし、そんな中で追撃の手が伸びる。


「ガハハハハ! 逃がさんぞ、人間ども!」


 大声と共に、突撃してくる敵の魔物の姿を、シグたちは捉える。

 率いているのは、大柄なオークの魔物であるが、その存在感と威圧感は、他の魔物たちと一線を画している。

 それが何なのか、すぐに三人は察した。


「ちっ! ここで、魔王クラスかよ!」

「――ビアリ、ハマー。先に行け。俺もすぐに向かう」


 舌打ちをするビアリに、シグはそう言うや駆け始める。

 相手の返事も待たずに、魔王へと突撃していくシグに、ビアリたちは一瞬慌てるが、すぐに考え直し、先に兵士の撤退を急がせる。

 そんな中、シグの突進に魔王は気づく。

 オークに囲まれていたそいつは、シグが奴らを蹴散らすのに気づくと、顔を上げる。


「むっ! 単騎突進か?! その度胸は認めるが、しかし我には勝て――」


 余裕を持って。嘲笑と共に魔王が出迎えるが、それにシグはわざわざ応じなかった。

 直後、シグの姿は消える。

 蒼い残影を残し、シグは直後に魔王の懐に潜り込んでいた、

 眼前に現われるシグにぎょっとした魔王は、慌てて大刀を振り放とうとするが、その腕が次の瞬間には吹き飛ぶ。

 切り裂いたのは、シグの刃だ。

 そのスピードと切れ味は、魔物でなくても驚嘆に値するものだった。


「ぎ、ぎゃあああ! な、なんだ貴様?!」


 深い傷を負い、魔王はすぐさま後退する。

 でかい身体に似合わぬ俊敏さで引いた魔王は、後退の後、目の前の光景に目を剥いた。

 目の前のシグは、その瞳と身体から、蒼い炎を燃え上がらせていたからだ。

 本物か魔力の奔流か、ともかく燃え上がる彼に、魔王はぎょっとする。

 しかし、そんな相手の反応を歯牙にも掛けず、シグは切り込む。

 いきなり消失した彼は、またもや魔王の前へ出現し、逃げる相手を逃さずに、斬りかかる。

 目にも映らぬ速度で迫る彼に、魔王は攻勢に転じるどころか後退も間に合わない。

 凄まじい速度の斬撃の雨に、魔王はズタズタに切り裂かれていく。

 そんな魔王を窮地と見たか、オークたちは慌ててシグに迫る。

 それをシグが切り払うと、血飛沫をあげながら、ようやく魔王は後退できた。


「ぐっ・・・・・・おのれ! ここは、戦略的撤退!」


 流石の魔王もシグに勝てぬと悟ったのか、急ぎ背を向けて逃げ出す。

 魔王自らが逃げ出すのを見て、シグは目を細めるが、追い立てることなく、続けて迫ってくるオークたちを切り捨てる。

 そして、彼らも退き始めると、シグ自身もその場から後退し、同時に身体から吹き出ていた火を消失させた。

 魔物と距離をおき出す中、そんなシグに、前からやって来る影があった。


「シグ!」


 声をかけてきたのは、ハマーである。

 後退用の馬を持ってやって来た彼は、シグの様子を見て、眉を顰める。


「無事、か?」

「あぁ・・・・・・お互いにな」


 ハマーの問いに、シグは頷きながら額を拭う。

 その瞬間、彼の袖に大量の汗が滲んだ。

 魔王との戦闘は僅かな時間であったが、しかしそれでも彼の心身の体力を大きくすり減らしていた。

 魔王を圧倒するほどの力――神の熾火の力を使ったシグは、それだけの体力を消費したのだ。

 まだ、力に目覚めてから日が浅いシグは、まだ充分にその力を制御出来ていない。ゆえに、僅かな戦闘でも、力の使用には大きなリスクが伴っていた。

 今回は、相手がすぐに退いてくれたおかげで助かった。

 もしも相手が往生際悪く粘っていたら、最悪戦場の中で倒れる失態を演じていたかもしれない。

 それをなんとか避けられた事には一安心しつつ、シグはハマーの配慮で持ってこられた馬にまたがる。

 そして、兵たちと共に戦場を後退する。

 戦況は依然悪化していることに苦虫を噛み潰しつつ、シグはサージェやエヴィエニスもいるだろう陣の中列に戻っていくのだった。

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