96.魔王の圧倒

 戦場の一部で、魔物たちが沸き立つ。

 何故ならば、人間の中の勇士や精鋭によって蹂躙されていた場所に、魔王が姿を現したからだ。

 彼らの登場に、魔物たちは喜び、奮い立ち、そして攻勢へと転じる。

 そんな戦況は、当然人間側もすぐに感じるところとなった。

 受け身気味だった魔物たちが攻めに転じるのを目に、彼らも魔物の主力が登場したのを悟る。

 そして、その中から進み出る魔王を見て、すぐにそれがそれだと見抜いた。


「いよいよ、敵の親玉の登場か」


 そう言って、魔物を蹂躙していた騎士たちは気を引き締める。

 現われるそれに、彼らは武器を構え直した。

 立ちはだかる勇壮な騎士たちを前に、しかし魔王は笑う。


「くっくっく。人間どもよ、終焉の時は来た。大人しく散るがいい・・・・・・」

「・・・・・・はっ! そう言われて大人しくやられる奴がいるかよ!」


 魔王の台詞に、アイアンメイルで顔を覆った剣士たちは応じる。

 同時に、彼らは弧を描くように、魔王をぐるりと包囲する。


「悪いが、死ぬのはお前だ。お前が、魔物たちを率いている頭だろう?」

「ふっ・・・・・・いかにも」

「なら、貴様を倒して戦いも終わりだぁ!」


 そう言うや、騎士の一人が魔王に対して斬りかかった。

 素早く懐に潜り込んだ騎士は、すかさず斬撃を魔王に対して叩きつける。

 横薙ぎの斬撃に魔王は一歩退くのみで攻撃を躱す。

 悠々と攻撃を避け、続けて反撃に出ようとする魔王だったが、その瞬間彼の横手から、別の騎士たちが殺到する。

 左右から近づいた彼らは、斬撃と刺突を繰り出し、魔王を穿とうとした。

 これに対し、魔王はたまらず後退し、騎士たちから間合いを取る。

 が、更にそこへ新たな騎士たちが迫る。肉薄した彼らは、逃げる相手に刃をまたも振るい、魔王を狙う。

 それに対し、魔王は避け続けるしかなく、後退を続けた。

 そんな中、間合いが開いた瞬間、魔王も反撃に出る。

 魔王は、掌を突き出して周囲から風を呼ぶと、無詠唱のまま豪風の猛威を騎士たちに叩きつける。

 風圧は、風の次元を超えた重力を伴っており、当たれば痛いではすまない。

 そのことを察した騎士たちは、彼の掌の軌道上から身を引き、風圧を躱す。

 風圧は、たまたま近くにあった魔物の死骸に当たり、その死骸を押しつぶしてはじけさせた。

 凄まじい威力の一撃に、騎士たちはやはり当たれば痛いではすまないだろうことを認識しつつ、魔王との交戦を再開する。

 騎士たちが続々と斬りかかる中、魔王も攻撃を躱しつつ、時折風圧の爆撃を叩きつけてくる。

 戦況は一進一退、なかなか勝敗はつきそうになかった。


「くくっ。なかなか骨が折れる相手だな・・・・・・」

「それは、お互い様よ!」


 笑う魔王に、兜の下から高い声を発した女騎士が斬りかかる。

 彼女は、なんとか突破口を開いて魔王を倒そうと挑みかかった。

 その身体に、横合いから衝撃。

 突然ぶつかってきた圧力に、その騎士は横へと吹き飛ばされ、兜を脱着させる。

 いきなりの衝撃であったことの証左か、その女騎士は受け身も取れぬまま吹っ飛んだ後、側頭部から血を流しつつ、声もなく気を失っていた。

 彼女のその様をみて、騎士たちはぎょっと女騎士がいた場所を見る。


「ふん。余裕をぶりおって。さっさと終わらせぬか」


 そこにいたのは、魔王とは別の魔物だった。

 魔物、といっても、その迫力、威圧感と存在感は、今し方戦っている魔王と遜色は見られない。

 この一体もまた、強固な力を持つと推測出来る、強烈な魔王であった。

 その登場に、元からいた魔王は目を細める。


「なんだ。邪魔しにきたのか?」

「手間をかけておる貴様の助太刀をしてやったのだ。感謝して敬え」

「なっ・・・・・・魔物の将が二体だと?!」


 騎士の一人が驚くと、それに対し魔王は鼻を鳴らして言う。


「ふん。誰が魔王は一体だけと言った? 今、世界の各戦場では、数十にも及ぶ魔王が暴れておるわ」

「くくっ。お前たちにとっては、絶望的な状況だろう?」


 絶望的な事実を告げ、魔王は笑う。

 その言葉に、騎士たちは息を呑んで言葉を失い、戦慄する。

 一体でも倒しきれない魔王が、二体になった。

 更に魔王は数がいるという。

 その事実は、人間側の戦況が圧倒的不利になるだろうことを、容易に予感させるものだった。




 ポリスピアの戦場でも、魔王は脅威を振るっていた。

 魔物たちを圧倒していた闘士部隊の前に現われた魔王は、闘士を噴き飛ばし、その生命活動の能力を奪い取る。

 闘士部隊に対し、出向いた魔王は五体。

 彼らは、闘士たちを圧倒していた。


「くそ・・・・・・なんて強さだ・・・・・・」


 手傷を負わされた闘士の一人が、苦い口調で魔王を見る。

 苦々しさと憤りに染まった顔をする彼に、魔王は鼻を鳴らす。


「ふん。我らからすれば、貴様らはなんて弱さだ、といったところだがな」

「所詮は人間。我ら魔王が束になれば、造作もない相手よ」


 肩を揺らして、魔王は言う。

 嘲りと自身たちの力への自負からの笑みに、対する闘士たちは、強ばった笑みを浮かべる。


「驚いたな・・・・・・。まさか、魔王様が直々にお出ましとは。魔王様ってのは、最後のお城で偉そうにふんぞり返っているのが仕事じゃないのかい?」

「ふん。それは、古い時代の魔王だ。確かに一時代前は、魔王はそんな奴ばかりだった。だが、今は違う」


 闘士の皮肉に、魔王は口角をつり上げて牙を剥いた。


「これまでは玉座に籠もるしかなかった我らも、今では前線で猛威を振るう存在となった。これにより、魔物の軍は強さを増し、人間の軍を蹂躙出来るようになる。お前たちの時代は終わりだ。これからは・・・・・・」


 言葉を途中で区切り、魔王は地面を蹴る。

 そして、反応するが避けられるほど軽快ではない闘士に対し、肉薄しながら拳を握る。


「魔神たちが崇拝され、魔王が世を統べる、魔物の時代なのだ!」


 真正面からの拳は、闘士のみぞおちに突き刺さる、衝撃と重圧で内臓を爆砕させる。

 吹っ飛んだ闘士は、口腔から血塊を吐き出しつつ、錐揉み吹っ飛んで地面に叩きつけられ、痙攣するが、その後も立ち上がることはなかった。

 また一人、魔王によって闘士は討ち取られる。

 その様を見せられ、闘士たちは戦慄と畏怖を覚えた。

 魔王の実力は圧巻だ。

 彼らが戦場で攻勢に出たことで、各地の戦況は一気に動き出すのだった。

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