94.火蓋

 大大陸の主要な大国が決戦を迎える中で、大大陸南方の諸国家たちも、魔物との決戦を迎えようとしていた。

 場所は、ナポスピアから南の国家、メイナフィア王国の内陸部、ラクスナードブルク平原。

 巨大な盆地の狭間の中にあるその平原で、彼らは魔物を待ち構え、そしてついにその先陣の姿を視界に捉えていた。


「うぅっ・・・・・・ついに来たね」


 目の前から聞こえる魔物たちの咆哮と、接近の足音に、サージェは震える。

 中央部は魚鱗、そして両翼は大きく広がるように展開した陣形を退く南峰国家連合のうち、セルピエンテの軍閥は、中央から中央左翼に陣取っている。

 その一団の中、騎士団と練想術士の精鋭の中に、サージェもいた。


「怖いか?」


 軽く震える彼女の肩を、シグが軽く手を置く。

 今日は仮面の笑みは浮かべず、真面目な顔をした彼を見て、サージェは顎を引く。


「うん。怖くないはずないよ。シグは?」

「怖いというのはない。ただ、ここで負けるのは許されないから、緊張はしている」

「そう、だよね・・・・・・・」


 シグの言葉に、サージェは頷く。

 何せこの戦いは、負ければ全てが終わってしまう重要な戦いだ。

 捲土重来を期すセルピエンテにとって、その地盤たる南方諸国家軍が敗れれば、その時点で国の復興はもとより、人類の破滅を招きかねない。

 ゆえに、シグの言うとおり怖がってはいられなかった。

 少し力を入れる彼女に、シグはそれを見て、微笑む。


「それに、お前やエヴィーたちを守らないといけないからな。あまり余裕がない」

「誰を、守らなければならないですか?」


 からかうように言った彼に、背後から声がかかった。

 声を掛けてきたのは、エヴィエニスだ。

 少し不機嫌、憤懣そうな彼女は、続けて言う。


「言っておきますが、貴方に守ってもらわなければならないほど、私は弱くはないですよ」

「知っている。けど、一応な」


 そう言って、シグがニヤリと含みのある笑みを浮かべる。

 そのやりとりに、エヴィエニスは呆れ、一方でサージェは微笑む。


「ふふっ。二人はいつもどおりだね。ありがとう。ちょっと、元気出たよ」


 普段どおりの彼らのやりとりに勇気づけられたのだろう、感謝の言葉を彼女は告げた。

 それを聞き、シグもエヴィエニスも表情を緩める。


「普段どおり、かは知りませんが。ですが、貴方はずいぶんと柔らかくなりましたね」


 エヴィエニスが、言葉をかけたのはシグだ。

 その言葉に、彼は肩を竦める。


「そうか? まぁ、誰かさんたちのおかげで、救われたからな」

「そうですか。まぁ、細かいことはいいです。今は、目の前の敵に集中しましょう」


 言って、エヴィエニスは身構える。

 まだ敵は遠いが、そうすることで意識を高める。

 その体勢に、シグも砕けたモードから、軍人のモードへスイッチする。 


「言っておきますが、よほどのことがない限り、前線に出ないように。我らは、今回は指揮官でもあるので」

「分かっていますよ」

「うん。二人を、サポートするね!」


 三人はそう言い合うと、押し寄せる魔物たちを見る。

 三人の位置するのは、陣の中列だ。

 そこでは、少し高所から、兵士たちが銃を構えている。

 その時、嚆矢ともいうべき銃声が、最前線から響く。


「そろそろ、ですか?」

「いや、もう少し引きつけて・・・・・・」


 射撃を命じようとするエヴィエニスを、シグは留める。

 最前線では、すでに銃撃が行なわれているが、高所にいる中列以降は、まだ敵を射撃圏内に捉えていない。

 が、そんな中で、魔物たちが先陣の銃撃に屈さず、一気に間合いへ詰めてきた。

 敵の陣形は鋒矢、超攻撃型の突撃陣形だ。

 その接近を見て、シグたちは目を細めた。


「今だ――放てぇ!!」


 シグの号令が響くや、一斉に銃兵が射撃を開始する。

 先陣だけでなく、中列以降も発射した弾幕に、敵は一斉に倒れ崩れる。

 そして、一気に勢いを失い、魔物たちは後退する。


「追いますか?」

「いえ。追ってはいけません。むやみに動けば、陣形が乱れる」


 エヴィエニスにそう言うと、シグは冷静に魔物たちを見ていた。


「今回は、勝つための戦です。出来るだけ、敵を遠距離から一方的に倒します」

「・・・・・・なるほど。了解です」


 シグの言葉に、エヴィエニスたちは頷く。

 戦いとなれば、近距離戦に持って行けば膂力と速度の面で魔物たちに分がある。

 そんな敵を確実に倒すには、銃や矢による遠距離攻撃が得策だ。

 つまり、近距離戦には持って行かせず、遠距離戦で一方的に戦えるかが、勝利の分水嶺ともいえた

 そのことをよく理解しているシグに、エヴィエニスたちは従う。

 そんな中で、駆け込んでくる兵士の影があった。


「前線から報告です! 上空より、竜兵らしきものが現われました!」


 慌てた様子の彼に、三人は目を合わせる。


「上空から、一気に本陣を狙うつもりでしょうね」

「なるほど。ならば、機関銃を上空へ向けましょう。伝令兵、各軍に指示を」

「承知!」


 指示を受けた兵士は、その言葉で勢いよく飛び出していく。

 一方で、兵士の報告にあった前方上空を見ていたシグたちは、やがてその言葉どおり、前方から魔物の姿を目視した。

 その大きさ、そして威風に、サージェが息を呑む。


「あれが、竜兵!」

「エヴィエニス殿。練想術士と魔術士の部隊の指示は任せます。もう少し引きつけてから、銃撃は開始します」

「前線の兵士は貴方が指示するのですね? 了解です」


 二人は早言葉を交わすと、シグは前線に向かうためか、動き始める。

 そんな彼に、サージェが声をかける。


「シグ! ファイトだよ!」


 彼女からのエールに、シグは微苦笑しながら振り返る。


「言われるまでもねぇ。じゃあ、また戦勝後に」


 そう言って、シグは前線へ向かった。

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