93.決戦開始

 連戦に連勝を重ね、魔物たちは勢いに乗っていた。

 大陸の沿岸を上陸し、内陸部へと侵攻を開始した彼らは、一気にその中を貫くように進んでいた。

 それから、すでに数日が経っている。

 破竹の勢いの彼らは、また新たに人々の群れ、構える兵士たちの部隊を発見する。

 すでに布陣を終え、待ち構えている様子の彼らに、魔物たちは勢いよく迫っていった。


「魔王様。敵が待ち構えていますぜ!」

「突撃しても構いませんか?」

「構わん。蹂躙しろ」


 確認に軍を率いる魔王が頷くと、その許可に魔物たちは歓喜の咆哮をあげる。

 そして、攻め入る許可を得た彼らは、一気に人間の部隊へと迫っていった。

 布陣する人間たちに、勢いよく迫る魔物――それを待ち構える人間の群れの中から、数人の騎士が進み出る。

 豪壮な装備に身を包んだ彼らは、それぞれの武器を手に、魔物たちを構える。

 そこへ、間合いを詰めていった魔物たちは――ほどなくはじけ飛んだ。

 一瞬の出来事といってよい。

 肉薄した魔物たちに、進み出た騎士たちは飛び込むや、快刀乱麻、弾き飛ばすように魔物たちを切り裂いて、その先鋒を蹂躙しはじめたのだ。

 息つく間もなく、魔物たちは引き裂かれ、四散し、動揺する。

 圧倒的とも言えるその力に、魔物たちが足を止める中、魔物の中に切り込んだ騎士の一人が口を開く。


「――まったく、女王様も困ったものだ」


 アイアンメイルで顔を隠したその騎士は、嘆息気味に言った。


「ここまで押されておきながら、いざ決戦の地に入った敵は虐殺しろという。それがどれだけ大変なのかも知っていように・・・・・・」

「仕方ないでしょう。それでも、我らを信頼して命令してくださったのですから」


 言い返したのは、同じくアイアンメイルで顔を隠した女騎士だ。

 彼女は、無駄口を叩く騎士に対して主への敬意を露わにした言葉を返し、「つべこべ言わずに戦いなさい」と命令する。

 それに、別の騎士も応じる。


「ははっ。そうだな。じゃあ、これからこれまでの鬱憤を晴らさせてもらおうか!」

「あぁ。そうしよう」


 そう言葉を交わすと、騎士たちは再び魔物に切り込み始める。

 場所はインシェーニ王国内部――大大陸の中で、最も早く決戦が始まった。



   *



 上空からの敵の脅威――魔物たちは、自分たちがそのような脅威を発揮したとしても、発揮される日が来るとは思っていなかっただろう。

 次々と上空から迫る竜兵と、それにまたがった人間たちの攻撃は、魔物にとって意表をつくものだった。

 その戦場では、人間に操られる竜兵たちの出現に、一気に動揺が広がる。


「ば、馬鹿な! 何故人間が竜兵を?!」

「我らの同族が、何故我らを――ぎゃああああ!!」


 口々にそう言いながら、ある魔物たちの一体が、上空からの火竜弾によって爆撃される。

 粉々に吹っ飛ぶ魔物たちは、まさか自分たちがそれを受けるとは思っていなかったように、木っ端微塵に弾け、同時に炎上していった。

 その光景を見て、後方で戦況を見ていた魔物の一体が目を細める。


「あれは、堕ちた小竜だな」

「小竜?」


 魔物の言葉に、他の魔物が不審がると、それを口にした魔物は続けて言う。


「あぁ。人間の手により、家畜化された竜だ。大大陸北の帝国では、人間によって飼い慣らされた同族がいると聞いた。あれが、それだろう。竜騎兵、といったところか」


 その言葉に、他の魔物たちも「なるほど」と納得する。

 と、その直後に戦場では悲鳴と銃声が鳴り響く。

 みると、上空に気を取られていた部隊の一部が、地上での銃弾に倒れていく様が目視出来た。


「ふむ。空からは竜騎兵、地上からは銃弾か。これはなかなか苦労しそうだ」


 そう言って、魔物たちは気を引き締め、ここが正念場かと悟る。

 インシェーニ王国内での決戦開始からほどなくして、ここリドニーク帝国内でも、決戦の火蓋は切って落とされていた。



   *



 ポリスピア共和国の魔物たちの攻め手は、上空より一方的に攻撃し、敵が崩れたところで陸上の部隊が攻め入るといった手法を用いるつもりであった。

 空中戦力を持っていないと言うポリスピアにはそれが一番有用だと、魔物たちは考えており、実際に最初の頃はそれが大いに当たっていた。

 しかし、こと決戦の地に辿り着いた瞬間、その方策は不発に変わる。

 上空から続々と攻撃する鳥の魔物の部隊が、続々と返り討ちとなっていた。

 攻め入る度に、目の前で鳥の部隊たちは打ち落とされていく。


「ぐっ。また撃墜されたか!」

「鳥魔部隊が、近づけない! あれが共和国の狙撃手とやらか!」


 味方が続々やられるのを、魔物たちは見ながらうなる。

 空の戦力を持たない国家に、ならば空から攻めることは上策どころか下策だった。

 空からの攻撃を持たないポリスピアは、逆に外国からの対空攻撃に対抗するため、地上からの撃墜に高度な技術を持った兵士を抱えていたのだ。

 具体的には、優秀な狙撃手を多く抱える彼らは、銃や弓矢で、続々と魔物たちを失墜させていた。


「ちっ! まず地上からあの狙撃手たちを狙え! そうすれば、上空から一方的に攻撃が出来よう!」

「駄目です! 狙撃手の付近は、強者たちで囲まれています!」


 方法と順序を変え、魔物たちはまず狙撃手から狙おうとするが、それも返り討ちに遭う。

 なぜなら、狙撃手の周りには、数多の強者が配置されていたからだ。


「――ふん。この程度か」


 その強者、一人の剣士が言う。

 彼らの周りには、すでに数百の魔物が死骸となって転がっている。

 一方で、彼らの中に脱落者はほとんどいなかった。


「この程度の魔物、俺らの敵じゃない」

「日頃から闘技場で、この程度の実力の魔物や闘士を相手にしている。この程度なら、まだ闘技場の方がスリルはあるぜ」

「かかってこいよ。八つ裂きにしてやる」


 口々に言いながら、その強者たち――共和国内では普段闘技場の闘士として戦いを続けている連中は、静かな闘気を纏いながら手招きする。

 それに、魔物たちは尻込みしていた。


「来ないなら・・・・・・こちらから行くぞ!」


 そう言って、これまでその場に留まっていた闘士たちが、今度は自ら攻め入る。

 彼らの剣、あるいは拳の攻撃に、魔物たちは次第に翻弄されていくのだった。



   *



「ふんっ。全く役立たずどもめ」


 戦況を見て、苛立たしげに言う魔物の姿があった。

 他の魔物たちとは明らかに存在感も威圧感も違うそれの正体は、勿論魔王だ。

 彼らは、押され逃げ回る魔物たちをみて、口を開く。


「こいつは、我らが出ねばならんな」

「いずれ、人間に魔物が押される時が来ると魔神軍師は言っていたが、今がその時だろう」

「ふん。よかろう」


 そう言って、数体の魔王たちは前へ進み出る。

 そして、声を張る。


「動じるな! 我らが出るゆえ、協力して敵を討て!」


 魔王の一体が、そのように叫び、戦場を一喝する。

 すると、その声に魔物たちは驚きと、同時に喜色を浮かべだした。


「やったぞ! 魔王様がたの出陣だ!」

「これで我らは勝ったも同然!」

「人間どもの皆殺しの時間だ!!」


 魔王が戦場に出る――そのことに、魔物たちは喜び沸く。

 その調子の良さに、魔王たちは呆れると共に、しかし鼻を鳴らして不敵に笑った。


「さぁ、ここが決戦の地だ。人間どもの終焉を、ここで告げてやろう!」


 そう言うと、魔王たちは戦場へ疾駆していく。

 戦争は、今ここで重要な局面を迎えようとしていた。

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