92.王者の戦略

「報告します! 前線の部隊がまたも敗北! 部隊は壊滅しました!」


 やってくるなり、そう進言をしてくる兵士に、報告を聞いた大臣たちは顔を見合わせ、同時に最奥に構えるリドニーク帝国帝王・ノスシュバーンは頬杖をついたまま舌を打った。


「またか。これで五箇所めだぞ」

「我らがこうも圧倒されるとは・・・・・・。魔物とはそんなにも強いのか?」

「戦力を過小評価しすぎたかのう・・・・・・」


 大臣たちが口々に言うと、動揺する彼らに、またもノスシュバーンは舌を打つ。

 その不機嫌な反応に、大臣たちは口を噤む。

 これ以上下手に喋れば、この獅子髭の帝王はその者を粛正しかねない。


「つ、続けて報告します。インシェーニ王国からの情報によれば、彼らもまた敗退を重ねている模様。すでに前線を放棄し、内陸部へ撤退を開始しているとのことです」


 兵士が続けて告げると、それを聞いて大臣たちはまたも顔を合わせる。

 今度は下手に喋り出したりはしないが、しかし彼らは、その顔に動揺を写す。


「ま、まさかここまで・・・・・・。帝王、この戦況、いかがいたしますか?」


 勇気をふりしぼって、大臣のひとりがそう尋ねる。

 魔物たちがここまで強いのは、彼らにとっては想定の範囲外であった。

 事前にセルピエンテの情報から、彼ら魔物が精強だとは聞かされていた。

 が、それでもリドニーク帝国の間では、それはあくまでセルピエンテの主観であって、帝国には敵ではないという余裕めいた過信があったのだ。

 それが仇となっている現状に、大臣たちは困惑する。

 その中で、意見を求められた帝王は口を開く。


「敵が予想以上に強いのも確かにあるだろう。だが、それ以上に数が多い」


 帝王は、そう自身の分析を口にする。


「いくら我が軍が強かろうが、数倍以上の魔物に襲われれば苦戦もする。これは、ある種当然の戦況だ」


 そのように断言する帝王に、臣下は苦い顔で押し黙る。

 そんな相手に、帝王は言った。


「だが、問題はない。この戦況は、ある種予想どおりだ」



    *



「この戦況に問題はありません。想定の範囲内です」


 そう臣下たちが集う前で言い放ったのは、インシェーニ王国女王のウェスティーナだ。

 泰然と、余裕を保ったまま言い放った彼女に、臣下たちは顔を見合わせる。


「それは、なにゆえそう思われるのですか? お言葉ながら、我が軍は各所で敗退を重ね、内陸への敵の侵入を許してしまっています」

 家臣のひとりが、そう思い切って女王へ尋ねる。

 リドニーク帝国同様に、王国もまた魔物に対して苦戦している。

 その戦況を、余裕をもって見ていられるのが、臣下たちには不審であった。


「敵の数は多く、このままでは敗退と死者は増え続ける一方でしょう」

「何故そうも悠然といられるのか、理由をお聞かせ頂きたい」


 家臣が続けざま言うと、ウェスティーナは不敵に微笑んだまま、口を開く。


「確かに、我らは現在魔物に押され、その物量に呑まれようとしています。しかしながらこの戦い、五分から七分の戦いで負けるのは想定内です」

「なんと。しかし、想定内ということは、何かお考えが?」

「えぇ。そこまで負けたとしても、戦争自体に負けるわけではないのです。戦争を戦略的観点からみれば、たとえ全体の五割七割負けたとしても、大局的に重要な一戦で勝利さえすれば、戦争自体には勝利できるのです」


 組んだ手を脚の上におきながら、ウェスティーナは微笑む。


「今のところ、我が軍は上手いところ相手を内陸へとおびき寄せております。これは、他の国々も同様です。今は、局地的に負けても構わない時です。ただ、敵の勢いはある程度挫き、進軍速度を殺しつつ、敵をおびき出しなさい。そうすれば、直にこちらの優位な戦況になるでしょう」



    *



「そもそもだ。やられた前線の兵士たちの兵種はなんじゃ? 彼らの普段の配置は?」


 ナポスピアの大統領・イスベクトルが尋ねると、周りの臣下や軍人たちは思考を巡らせる。


「確か、国境警備の兵士たちだったはずです」

「じゃろう? 彼らは、そもそも戦場で主力となっていた兵士たちではない」


 そう言うと、イスベクトルは頬をさすりながら、笑う。


「まだ、我らは大がかりに主力を繰り出して負けたわけではない。やられたのは、戦い慣れしていない尖兵だ」

「それは、つまり主力は温存できているという考えですか?」


 大臣のひとりが問うと、イスベクトルは「左様」と頷く。


「敵との決戦、その場所は大体想定済みだ。今はいかに誘導し、そこで敵を殲滅するか――それに注力していればよい」

「なるほど。そこまでお考えでしたか。しかし、前線にはセルピエンテから提供された機関銃を配備した部隊もあったはずです。それがやられ、敵に奪われたのは痛いのでは?」


 賢い大臣の一人がそう尋ねる。

 しかし、大統領は笑う。


「問題ない。あれは、話によれば人間しか扱えない代物であるらしい。なんでも、発射する弾丸は魔力に呼応するらしいが、その魔力の波形が人間独特のものらしくてな。要するに、魔物では扱えないということだ」


 そう言って、大統領は「よって問題ない」と言う。


「今は、各自上手く敵の勢いと戦力を削ぎつつ、後退を重ねよ。なに、局地的に負けても、最後に勝てばよいのだ、決戦の地へと敵をおびき寄せ、叩くことが肝要じゃ」

「はっ。承知しました」


 大統領の考えを聞き、臣下たちは納得する。

 その上で、彼は言った。


「問題ない。最後に勝つのは我々じゃ」


 と。

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