90.試練の会談
「まぁ、そんなところだろうな」
リーグとマリヤッタが続けざま言うと、それに応じたのは男だ。
そして、続けざまに尋ねる。
「もし、それを俺らが断ったらどうする気だ? 何か、制裁の準備でもあるのか?」
「いいえ。ありません。ただ、私たちたちは誠意と可能な手を尽くして、貴方がたにお願いするのみです」
そう、リーグ王子が返答をすると、返ってきたのは大笑だった。
「はっはっは! なるほど。ようするに、これは交渉ではなくお願いというわけだな」
「・・・・・・そうなりますね。それを、なじるおつもりですか?」
「おう。よく分かっているじゃねぇか。図に乗るなよ、餓鬼」
理解の早いリーグに、男は凄むように言い放った。
その声だけで伝わる威圧感に、水晶玉越しの空間が震える。
リーグやマリヤッタの背後に控える騎士たちが、思わず表情を強ばらせるほどだった。
そんな中で、相手は、正体をいえば、リドニーク王国の帝王であるノスシュバーンは続ける。
「国家の交渉ってのは、仲良し同士の話し合いじゃねぇ。言葉の戦争だ。刃を首元に突きつけ合っての殺しあいだ。それぞれの手札と武力と軍事力を背景に、いかに相手を屈服させられるか、納得させられるかの、命のやりとりだ。なんの後ろだてもねぇ餓鬼が、俺たちのような大国を思い通りに動かせると思うなら、それは思い上がりもはなはだしいぜ」
「・・・・・・おっしゃるとおりですね」
「俺らは、個人感情はあるが、それで国の方針を変えるほど子供じゃねぇ。後ろには、何万の人間の命と運命を背負っているんだ。そんな俺らに、子供の屁理屈は通じねぇぞ?」
「屁理屈、ですか? そう断じるのは、時期尚早では?」
散々迫力感ある脅迫を繰り出した相手に、しかしリーグは恐れる事なく言い返した。
「私たちは、まだ具体的な敵の脅威について触れていません。それを知ってから、なおもそう思うなら勝手ですが、しかしそれも聞かずに勝手に脅威の大きさを決めつけることこそ、何万もの命運を背にする者らしからぬ行為ではありませんか?」
「・・・・・・なるほど。意外と舌は回るようだな。そういうからには、きちんと相手の脅威を説明できるんだろうな?」
「はい。貴方がたは、仮にマクスブレイズを急襲したとして、十日で陥落させることが出来ますか?」
答えたのは、リーグではなくマリヤッタだった。
「おそらく、出来ないでしょう。リドニーク帝国の精強な兵士たちでも、陥落には数ヶ月から半年は必要なはず。充分な準備をした上であっても」
「ほう。つまりは、そんな軍事大国のマクスブレイズも、魔物の前には十日しか持たなかったと、そう言って相手の強さを証明したいわけか」
「魔物の軍勢には、数十体以上の魔王がいると推測されます」
マリヤッタに続き、リーグが補足をする。
「マクスブレイズとセルピエンテの生き残りの証言から、魔王級の敵が各地各戦場で確認されました。相手がそれを平然と送り込むほど、敵の戦力は強大だといえます」
「魔王・・・・・・というと、各時代各国で世界を震撼させてきた魔物の長じゃな」
次に応じたのは、男・ノスシュバーンではなく老人であった。
リーグは頷く。
「はい、そうです。その魔王です。どうしてそんな大量に発生したかは分かりませんが、しかし魔王が現われているのは事実です」
「なるほどのう。しかし、それは誠かのう?」
「・・・・・・と、いいますと?」
「お主たちは、自分たちがやられたために、相手の実力を課題に見積もったり、偽ったりしておるだけじゃないかと思ってな。実は、お主たちの兵は弱卒なだけではないか?」
「おや。よくそのようなことが言えた者ですね、ポリスピア共和国大統領、イスベクトル様」
揺さぶりを込めて確認する相手に、笑いを含んで言い返したのはマリヤッタであった。
「十年前、我が国の精鋭に完膚なきまでに大軍を叩かれてインシェーニより撤退した貴方がたの軍勢よりも、我が国の軍の方が精強だとは思いますが」
「・・・・・・それは十年も前の話じゃろう。今はどうかは分からん」
「ですが、少なくとも貴方がたの軍と比べ、極めて弱卒というわけではないはずです。違いますか?」
「違わないわねぇ。けど、ちょっと聞きたいのだけれど」
やりとりに楽しげに笑いながら、今度はウェスティーナ女王が口を開く。
「貴方がたは、何の権限を持って、私たちの争いを止める気なの? まさか、魔物が来るも知れないから、と言う理由で、我が国民たちが納得すると思っているのですかね?」
「つまりは、何か報酬が欲しいということですか?」
「そう、ご明察。何か、戦争をやめるに値する理由が欲しいところね」
「なるほど。しかし、それは貴女たちの本心ですか?」
「・・・・・・ほう? というと?」
リーグが尋ねると、それに三者がそれぞれ耳を傾けた。
そのチャンスを、彼は見逃さない。
「本当は、貴女がたも戦争の落としどころを探っていたのでは。だからこそ、我らの仲裁に耳を貸した。違いますか?」
この場において、もっとも効果的な手札を、リーグはここで切った。
予想していたとはいえ、その言葉に三人は内心驚嘆と感嘆をする。
「魔物との戦いへの備えて欲しいと言う我々の要望と、戦争を内心は中断したい貴方がたの要望は、利害が一致していると思うのですが」
「なるほど。賢しい餓鬼だ。では、その具体的な内容は?」
言われると、リーグは頷く。
具体的な、停戦の報酬を、彼は説明し始める。
「まず、リドニーク帝国ノスシュバーン様。貴方がたには、我が国から今回対談で使った通信器具の技術をお教えします。これにより、貴方がたの国家の通信手段は格段によくなるでしょう」
「ほう・・・・・・。いいのか?」
「はい。代わりに、他の二カ国には、この通信を阻害する方法を伝授します。決してリドニークが、侵攻にあたって両国内で通信器具を使用できないように」
軍事目的では使えないようにすでに手を打っているように言うリーグに、ノスシュバーンは舌を打つ。
舌を打つが、それは苛立たしげでありつつ、どこか楽しげでもあった。
「それから、魔物と対抗するために、各国へ我らが開発した兵器を贈呈します。偏りがないように、各国に十個ずつ贈呈する予定です」
「兵器、ね。設計図はもらえないの?」
「はい。量産されては困るので」
飾ることなくリーグが告げると、なるほどとウェスティーナは納得する。
「それと、各国はしばらく交戦しない旨と、共闘はしないまでも各国で情報を共有することの約束を行ないます。他に、経済的軍事的な協定を結ばれる気なら、このまま交渉で行ないますが?」
「分かった。行なおう」
「異議なしじゃ」
「えぇ。了解したわ」
リーグの提案に、各国の首脳は同意する。
初めこそ、リーグに反発気味だった彼らだが、今は素直になっていた。
どうやら、リーグやマリヤッタを、ただの王族に名を連ねただけの子供ではなく、施政者の器を持った、交渉に値する相手と認めたためだろう。
こうして、各国の間で一時休戦と、各国の魔物への共闘体勢は敷かれていく。
そしてそれは、現に半月後に起こった魔物の大侵攻に、機能を開始するのだった。
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