85.魔物たちの出陣前

 暗雲に包まれた空の下の王城に、魔物たちが集っていた。

 その数は、数十のみならず数百といった数で、彼らは所狭しと王の間に押し寄せている。


「皆集まったな。それでは、今回の侵攻についての最終確認を行なうぞ」


 彼らの姿を確認して、口を開いたのは魔神軍師だ。


「今回の侵攻は、先の二つの大陸の侵略以上に大がかりなものとなる。大大陸の各所、全部で十箇所を一斉に攻撃することとする。この理由は、分かってはいると思うが一応確認をしておく」


 そう言って、魔神軍師は用意されていた、立てかけの地図を叩く。


「大大陸の各地を一斉に攻めたてる理由は、大大陸各国に、連帯の隙を与えないためだ。我らの力と人間のパワーバランスでは、我らの方に分があるとはいえ、数の上では人間どもに圧倒的に分がある。これらが結束すれば、非常に厄介じゃ。よって、彼らが共闘をしないように、各個撃破を基本方針とする」


 そこまで言ってから、魔神軍師は皆を見回す。

 そこに、戸惑いや不審がないのを確認すると、話を続ける。


「上陸し、ある程度大陸内部へ侵攻を行えたならば、続いて大陸各所の魔物どもを一斉に蜂起させる。そうすることで、内外から人間どもを蹂躙するということだ。これが、我らの基本の方針となる」


 そう言って、魔神軍師は侵攻の意味と方法を再確認する。

 それを行なうのは、魔物たちの意識をしっかりと統一するためだ。

 初めに大きな方針を示して確認しておかねば、魔物たちには理解が間に合わないことがあることも多く、それによって後に致命的なほころびが生じないようにするためである。

 居並ぶ魔物たちが頷いたり納得したりする様子を見て、魔神軍師は話の詰めに入る。


「では、方針を確認したところで、次に陣容の確認だ。基本的には、各方面を魔神が――」

「お待ちください! それについて、魔王たちより意見があります」


 魔神軍師の言葉を、遮ったのは、列席していた魔王の一体であった。

 それに、魔神軍師は胡乱がる。


「何じゃ? 意見とは?」

「今回の侵攻は、我ら魔王たちの主導で行なわせてもらいたい! 魔神がたの手を煩わせる必要はございません!」


 魔王の一体が言うと、それに魔王たちは「そうだ」「そうだ!」と口々に賛同の声を漏らす。

 それを聞き、しかし魔神軍師は冷たく目を細める。


「その、訳は?」

「第一が、この戦いは魔物たちによる戦いであるということです。魔物たち、我ら魔王たちが、人間への積年の恨みを晴らすべく、そして新たな時代を拓くべく戦うのです。ゆえに、そこに魔神がたのお力添えあっては、意味が薄れるのです!」

「魔神がたはお強い。だがゆえに、場合によっては魔神がたの尽力のみで人間を虐殺されかねない。人間を滅ぼすのは、あくまで魔物たちにしたいのです!」

「・・・・・・要するに、自分たちだけで人間を殺し尽くしたいと?」


 魔神軍師が、あえて冷めた口調で尋ねる。

 しかし、その冷ややかさに、魔王たちは気づかない。


「はい! 魔神がたの手は患わせません!」

「必ずや、我らの手で戦果を残します!」


 そう言って、魔王たちは猛る。

 彼らは勇猛に、自分たちならば戦果を出せると思っているのだろう。

 口々に言って盛り上がる彼らに、しかし魔神軍師は冷ややかに言う。


「儂は、反対じゃな。確かに、今回の戦い、延いてはその目的は、魔物たちによる世界の秩序の転換にある。だが、それを実現させるには、何よりもまず勝たねばならぬ。そのあたりは、分かっておるのか?」

「勿論、承知の上です!」

「人間どもなど、必ずや虐殺してみせましょう!」

「それが、思い上がりだとは思わぬのか?」


 鋭い目で、あくまで静謐に、魔神軍師は尋ねる。


「そう言って、すでに数体の魔王が討ち取られている。お主たちも、その一味に成り果てたいと申すのか?」

「我らは、そのような目には遭いません!」

「必ずや、人間どもを蹂躙してみせましょう!」

「・・・・・・じゃから、それが――」

「魔神軍師」


 半ばいらつきながら、魔神軍師は何やら言いかけるが、それを背後からの呼び声が遮る。

 その声に、魔神軍師は素早く振り返った。


「大魔神様。申し訳ございません。お聞き苦しいことものを――」

「よい。それより、今回は奴らの言い分を聞いてやってはいかがか?」


 謝罪する軍師に、大魔神は自らそう提案する。

 その声には、少し笑いが含まれている、


「最速の勝利からは遠ざかるが、我らの目的と彼らの望みは一致している。ならば、それに添ってやるのもまた我らの慈悲というものだ」

「慈悲、ですか。しかし、最善の策ではございません。それをご承知ですか?」

「あぁ。今回だけだ。今回だけは奴らの戦意を大目に見る。しかし、もし駄目だった場合の時を考えて、侵攻の中止や撤退の見切りは早めにつけることで手を打たぬか?」

「・・・・・・分かりました。それが、大魔神様のお心であらせられるならば」


 確認に大魔神が返した言葉を聞くと、魔神軍師は自身の考えを殺して頷く。

 そして、視線を居並ぶ魔物たちに向ける。


「皆、喜べ。大魔神様の寛大なお心により、お主たちの願い出を受理することにした。今回の戦いは、魔王たちが主導になって行なうことにする。存分に励むが良い!」


 その言葉に、魔王を初めとした魔物たちは一気に高ぶった様子で叫び声をあげる。

 高揚する彼らの様子に、案外大魔神が提案したように彼らの意見を受け入れたのは正しかったかもしれないと思う魔神軍師だった。

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