84.精霊の覚悟

「仮に、人間が勝った場合を想像してみて。その場合、人々は勢いに乗って、何をすると思う?」


 ルメプリアが尋ねると、アダルフたちはすぐに言葉を返さない。

 それを見て、ルメプリアは続ける。


「きっと、人間は排他的な主張を始めるでしょうね。今この勝利を利用して、大大陸から魔物勢力を一掃しよう、と。そうなれば、亜人勢力はどうなるかしら?」

「・・・・・・それは」

「一緒に、駆逐対象にされるでしょうね。人間は、亜人を攻撃するはずよ」

「そんなことはない! 我らはそんなことは――」


 ルメプリアの言葉に、ルシラが思わず反論をするが、それをラートゲルタがそっと止める。

 今はそういう論議の時ではない、と制すると、ルシラは口を噤んだ。


「じゃあ一方で、もし魔物が勝った場合は、どうなるでしょう? その場合は、おそらくもっと悲惨な事が起こるわ。魔物たちは、人間を殺し尽くして魔物主体の世界構造を望んでいる。つまり現在の支配体制を破壊しようとしている。そして生まれる新たな秩序に、亜人は果たして必要とされるでしょうか?」


 そう言って、ルメプリアは首を傾げる。

 亜人たちは、その指摘に言葉を呑む。


「間違いなく、亜人も排斥されるわ。むしろ、そっちの方がより確実に亜人へも攻撃の矛先が向くわ。魔物にとっても、亜人は危険だもの」

「・・・・・・何が言いたい?」


 アダルフは、話の先とルメプリアが言わんとしていることを大体察しながらも、あえて尋ねる。

 目を細める相手に、ルメプリアは言う。


「結局、人間と魔物が大戦争を始めるなら、亜人はどちらかに属していなければならない。でないと、滅亡は必至ね。理由は今述べた通りだから、もう一度言うことはしないけど、どちらについた方が得かは、分かるわよね?」


 そう言って、ルメプリアは少し苦く笑う。


「人類は恩を感じる生き物、魔物は感じない生き物――自明の理よね」

「しかし、人類は我らの活躍をみて、脅威に感じるのではないか?」


 ルメプリアの論理に、アダルフが鼻を鳴らす。

 納得しかけていた亜人たちも、聡い頭領の指摘にその得心を思い直す。


「人間は、ずる賢い。脅威が去れば、次の脅威とみて、同族とも戦争する生物だ。亜人が切り捨てられる可能性も大きい」

「・・・・・・ま、そういう展開もあるかもね」

「だろう? 屁理屈で我らを引き入れられると思ったら大間違いだ」


 言って、アダルフは牙を剥くように口角を広げる。


「大体、亜人に人間が何をしてきたか分かっているだろう? 打算的なものもあるが、そもそも感情的に無理なのだ。人間と協力するなど、な」

「なるほど。過去の歴史が、それを証明していると」

「左様だ」

「でも、過去の歴史に囚われてばかりでは、未来は決して変える事はできないわよ?」


 笑みを消し、ルメプリアはじっとアダルフを見据える。


「時代は、常にその時代を生きる者たちが作るものよ。今を作るのは、今を生きる私たちであって、過去の先人たちではない。過去の嫌悪感しか覚えない歴史を、貴方たちは繰り返すのを望んでいるの?」

「何の話だ?」

「亜人たちが人間に嬲られた歴史を、迫害された報復に争った歴史を、未来永劫繰り返すのを望むかと聞いているの」


 真剣な眼差し、聡明で理知的な顔になりながら、ルメプリアはアダルフたちを射貫く。


「それをそのままにして、劣等感に苛めれ続けるか、それとも貴方がたが変えてみせるか、私がしたいのは――」

「黙れ・・・・・・! それ以上言えば、小娘といえど容赦はしないぞ」


 出来るだけ落ち着きを払った、しかし内心では激情を抑えている野川刈る声で、アダルフは返す。

 同時に、彼は自ら矢を構える。

 脅すように構える彼に、シグはすぐにルメプリアを庇うために彼女の前へ立ちはだかろうとするが、しかしルメプリア当人はそれを手で制する。


「撃っていいわよ?」

「・・・・・・なに?」

「撃ちたければ、撃って良いわよ。但しその瞬間、貴方がたは自分たちで未来を変える選択を閉ざすことになるわ。その覚悟が、貴方にある?」


 静かに、しかし不敵にルメプリアは啖呵を切った。

 その言葉の威力に、亜人たちのみならず、騎士たちも息を呑んだ。


「私は、人間の生存を任された精霊じゃない。私は、魔物によるあらゆる種族の存命と繁栄を願いこの世界に顕現した者! 貴方がその未来を望まないという断固たる覚悟があるというなら、この存在価値はくれてあげるわ!」

「――ッ! 大言を!」


 胸に手を当てながら力強く宣言する彼女に、アダルフは反射敵に矢を引き絞ろうとする。

 その行動に、しかしルメプリアは引こうとしない。

 むしろ、やってみろといわんばかりの大胆さで、彼女は不敵に笑っていた。


「――精霊様。少し気を急かしすぎです」


 そんな両者のやりとりに、あえて水を差したのは、シグだ。

 彼は、ルメプリアを庇うようにゆっくりと身を入れると、ルメプリアを見下ろしながら言う。


「いきなりこちらから出向いたのです。それに対し、いきなり決断をしろというのは、酷な話では?」

「・・・・・・シグ。私がせっかく格好良く話を決めようとしているのに、そんな悠長な意見で遮るの、ひどくない?」


 むっと、不満げな顔をするルメプリアに、シグは苦笑を浮かべる。


「精霊様ばかりに頼っていては、人間の存在する意味などなくなりますよ――アダルフ殿」


 ルメプリアに応えてから、シグは振り返って亜人の頭領に声をかける。


「こちらとしては、すぐに決断は問いません。ですから、矢を下ろしてください。貴方ほどの者が、本質はどうあれ、違う種族とはいえ、小娘を射止めて誇るような者とは思っていません」

「そうだな。私たちも、少し急かしすぎたかもしれん」


 シグの言葉に、続いてルシラが同調する。


「いきなり二つのことを進めようしたのだ。無理な話だったのだ」

「でもぉ、こちらとしてはせめて木々の伐採だけは許可をもらえませんとぉ。エヴィエニス殿に申し分が立ちませんよぉ?」

「そうですね・・・・・・どうしましょう」


 思案げな様子で、シグとルシラ、それにラートゲルタが言葉を交わすと、それを聞いていたルメプリアが、ぷりぷりと怒った様子で三人を睨む。


「もう。迷うくらいなら、私が全部話をまとめてあげたのにぃ!」

「でも、それだと強引すぎるんですよ。本当に共闘や共存を望むなら、しっかり話し合った方がやはりいい」

「むぅー」


 シグの反論に、しかしルメプリアは納得しかねる様子で不満げだった。

 そんな会話を聞き、アダルフは弓矢を下ろす。


「その材料に用いる木々とやらは、どうしても今すぐ必要なのか?」


 彼が尋ねると、シグたちは頷く。


「えぇ。何か、伐採に条件があれば聞くつもりなのですが」

「ならば、二つ条件を出す。一つは、伐採を行なう期間中に、人質を出すこと。もう一つは、伐採する時は、我らの一族の目付の検分を介して行なうことだ」

「首領?!」

「よ、よろしいので?!」


 先ほどまでと打って変わり、態度を軟化させたアダルフに、亜人たちは驚く。

 それに、アダルフは少し苦い顔をしてから、それを消して言う。


「別に、この者たちと今すぐ結束するわけではない。ただ、真意を確かめるべく、様子を見たいのだ」

「・・・・・・ありがとうございます。姫様、どうします」

「分かった。ならば、私が人質になろう」


 シグが確認すると、ルシラは胸に手を当てて言う。


「私が人質になったならば、おそらく人間たちも悪さは――」

「駄目に決まっているでしょうが」


 ルシラの発言に、シグが真顔で言う。

 冷ややかで、少し軽蔑も混じった態度に、ルシラは思わずのけぞる。


「む・・・・・・そ、そうか?」

「確かに人間は悪さをしませんが、万が一姫の身に何かがあったら、それを理由に彼らとの戦闘が開始されますよ?」


 シグがそう指摘すると、ラートゲルタも苦笑する。


「そうねぇ。じゃあ、騎士の一部が武装解除して、今から人質になるぅ? 私はなっても構わないけどぉ?」

「いや・・・・・・ラートゲルタさんは姫様の側近ですし。ここは――」

「じゃあ、私がなるわ」


 自ら人質になることを提案する女性陣に呆れかけていたシグに、そう申し出たのはルメプリアだった。


「私なら、文句はないでしょう? それに、元々私はここにしばらく留まるきだったし」

「と、いうと?」

「亜人たちに、引き続き説得を行なう役目の者が必要でしょう? ここの亜人たちを皮切りに、私がこの周囲の亜人たちをどうにか味方につけてみせるわ」


 そう言うルメプリアに、シグとルシラは顔を合わせる。

 そして、それから視線を彼女へ戻す。


「それだと、マリヤッタ殿になんと言っておけばよいか――」

「大丈夫。マリィにはもう言ってあるから。そしたらさ、『勝手にすれば』とか言ってきたのよ。冷たいと思わない?」

「それは、照れ隠しではないか?」


 ルシラが顎に指を掛けながら考察する中、ルメプリアは笑う。


「かもね。そうだったら嬉しい」


 そう言った後、結局シグたちはルメプリアの身柄を一時亜人たちに預ける代わりに、木材の伐採の許可を取ることになった。

 以前、対立の構造はあったものの、両者が一歩歩み寄った瞬間であった。

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