亜人説得――――――――――――――――――――――――――――――――
82.横たわる難題
練想術士の工房では、忙しく人々が動き回っている。
「サージェ、スネール。各部の材料を持ってきてくれ。組み立てを行なう」
「うん、分かった」
「了解~」
ある練想術士の指示を受け、少女の練想術士の二人を中心に、練想術士たちは奥へと移動していく。
彼女たちだけでなく、多くの練想術士たちは機材の組み立てのために工房の奥へと移動を開始していた。
「クラーカ、グルトーナ。機関部の設計図を持ってきてくれ」
「はーい」
一方で、練想術士ではない人間も工房には多く混ざっている。
それは、練想術士見習いの少年少女たちで、本来ならば工房に入ることも許されないはずの人間だった。
ただ、今は緊急時で多忙ということで、本来ならば作業に加わることはない彼らも、雑務の手伝いの名目で工房内へ入っていた。
彼らもよく働いており、練想術士以外の処務事務で大いに役立っている。
そんな人間の中に混じり、シグも働いていた。
騎士の仕事の傍ら、元練想術士の卵であった彼は、練想術士の手伝いを買って出ていたのだ。
以前の彼ならばあり得ないことであると共に、練想術士たちも受け入れなかったはずであるが、今の彼は練想術士たちと上手く折り合いをつけて動いていた。
「シグ。いいですか?」
資料を持ってきていたシグに、声を掛けてきたのはエヴィエニスだ。
多くの練想術士が工房奥へ引いている中、彼女だけ近寄ってきたことに、シグは眉根を寄せる。
「どうしました? 言われた通り、例の物のための資料は持ってきましたが」
「えぇ。それに関する話です。少し、嫌な事実が判明しました」
やや厳しい顔で、エヴィエニスはそう話しかけてくる。
「大国三カ国の同盟を促すために、各国の中に例の物を設置する必要があるのですが・・・・・・そこで一つ障害があります」
「なんでしょうか?」
「原料です。今のところ、大部分は木によって製造しようと思うのですが、出来るだけ真っ直ぐで頑丈、それと霊脈から魔力をほどよく吸ったものでないと、材料には適しないということが分かってきました」
「まさか・・・・・・材料がないのですか?」
懸念事項に気づいた様子でシグが尋ねるが、エヴィエニスは首を振る。
「いえ。あるにはあるのですが、入手が困難なのです。何せ、手に入る場所が限られています」
苦い表情を作りながら、エヴィエニスは口を噤む。
何やら、言いにくいことがあるようで、それにシグは眉を八の字にする。
「出来れば、端的に申してほしいのですが・・・・・・」
「・・・・・・では、言います。材料は、ナポス西部の密林の中に生えているのです」
その発言に、シグは最初眉根を寄せるが、やがて納得する。
エヴィエニスの懸念に気づくと、シグはその内容に触れる。
「人里から遠く離れている。そのため、搬入は大変であり、人手がいると。同時に、その当たりにはおそらく魔物や――」
「亜人たちの集落がある、かと。下手をすれば、争いが起こるかもしれません」
懸念の内容を確認し、二人は険しい顔になる。
「難しいですね。木を切り取って運ぶのも大変ですが、何か事を構える可能性もあるために、護衛も引き連れていかねばならないということですか」
「はい。亜人たちの生活圏内で材料を伐採すれば、反発は避けられません。あの、亜人の頭領を説得するのも手ですが、果たして許可してくれるかどうか・・・・・・」
そう言葉を交わすと、二人は考え込む。
いきなり、自分たちの生活圏で物資の採集を始めれば、亜人でなくとも反発は必至だ。
更に、彼らが元々人間に好意的ではない勢力でないことも、その問題をより複雑にしている。人間の勝手な行動に、彼らが怒るのも容易に想像がついた。
あの亜人の頭領ならば、と言う考えも出来るが、しかし彼らとて寛容な態度に限界というものがあるだろう。
「なら、いっそ彼らも味方にしちゃえば?」
そう提案したのは、二人の横手からの声だった。
二人が振り向くと、そこには小柄な影、ルメプリアの姿があった。
「・・・・・・一体いつからそこにいたんですか?」
「ん~。ついさっき。何やら難しい顔で話しているから、邪魔してあげようかなって」
「それは、ただの迷惑ですね」
シグが相変わらず辛辣に言うと、しかしルメプリアは悪びれない。
「うん。ところで、私の提案はどうよ?」
「味方にする、ですか? それは一体どういう・・・・・・」
「亜人たちも、対魔物の連合軍に参加させるっていうことよ!」
目を輝かせるルメプリアに、シグとエヴィエニスは目を瞬かせる。
「魔物への対抗勢力は、大いに越したことはないわ。ならば、亜人も味方にしちゃうのよ。そうすれば、きっと心強い戦力になるわ」
「・・・・・・それは、可能なのですか?」
ルメプリアの言葉に、エヴィエニスは不審な顔で彼女を横目にする。
「あまり、その発想はありませんでした。何せ、亜人と人間の確執は、非常に大きいものですから。抽象的に言えば、我らと彼らは水と油です」
「それは、具体的には?」
「人間は、亜人をヒトの仲間だとは思っていません。むしろ魔物に近いものとして、討伐の対象にしたり、家畜同様の扱いをしたりしてきました。そんな彼らが、我らと手を結ぶのは、まずないのではと・・・・・・」
「――と、いうことですが」
エヴィエニスが説くと、シグがルメプリアに確認する。
それに、ルメプリアは胸を叩く。
「大丈夫。別に、何の考えもなしに私は提案しているわけではないわ。まずは、あのアダルフという亜人と話をしましょう。彼ならば、きちんと話し合いができるでしょうから」
「できる、でしょうかね?」
「しかし、一度会って交渉はせねばなりません。どっちにしろ、例の物を作るための材料を持って行く事の許可を、交渉しなければなりませんから」
ルメプリアの急な提案に忘れかけそうだったそもそもの問題に、二人は立ち返る。
これから、練想術士はある物を作り出すために、材料が必須なのだ。
どちらにせよ、その目的を達するためには一度密林へ出向く必要があった。
「とにかく、打てるだけの手を打っておくことにしましょう。まぁ、もしかしたらだけど・・・・・・」
ルメプリアは言いながら、少し考えて、物憂げに言う。
「しばらく、ここの皆とはお別れになるかもしれないけど」
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