79.とある練想術士の帰還

 訓練用の広場の真ん中で、シグは意識を集中し始める。

 木刀を手にした彼は、大きく深呼吸をしながら、周りに立つ騎士たちの攻撃を待ち構えた。

 相手になっている騎士は、ハマーとビアリ、そしてヴェーオルという三人だ。

 シグ同様に、木刀を持った彼らは、シグが意識を集中し終えたのを見るや、順番に彼へ挑みかかった。

 挑みかかる、と言っても間髪がないほど断続的な一瞬だった。

 三人が襲いかかってくる中、目を開いたシグは彼らを捌く。

 頭以外を防具で固めた彼は、三人の攻撃を順に受け、時に躱し、打ち返す。

 連続でどんどんと打ちかかってくる三人は、一見優勢に見えて、しかし互角だった。彼らは三度・四度斬りかかった後、皆攻撃の途中で後ろへ引く。

 三人が打ちかかり、そして間合いが開いた後、ハマーたちは顔を合わせ、木刀を下ろす。

 そして、シグに尋ねた。


「どうだシグ。あの時の感覚だったか?」


 ハマーが代表して聞くと、シグは額の汗を拭いながら首を振った。


「いや・・・・・・。全く違う。あの時のように、身体は軽くなっていない」


 そう言った後、彼は軽く左肩を押さえる。

 防具で覆っているが、そこには軽い痛みが生じ、苦い顔になった。


「実際、ヴェーオルさんの一撃が入ったしな。あのときの感触なら、きっと躱せている」

「なかなか、魔王を撃退した時の感触にはなりませんか」


 少しばかり残念そうに、ヴェーオルはそう尋ねた。

 今、シグは彼らを相手にした特訓の真っ只中であった。

 内容としては、魔王を倒した時の感触がいつでも取り戻せるようにという、力の再発現のための訓練であった。

 あの時の力が自在に出せるようになれば、それはセルピエンテ側にとっては大きな武器となる。

 そのため、あの焔を纏った時の力を意図的に出せるように修行しているのだが、なかなかあのときのような力は、日々訓練を重ねても出せずにいた。

 そのことに、シグは少なからず焦りを覚える。


「焦っちゃ駄目よ、シグ」


 彼の心中を読み取ったように、そう言ったのはルメプリアだった。

 彼女は広場の一角から、こちらに歩み寄ってくる。


「あの力は、そうそう引き出せるものじゃないわ。魔王すら圧倒する力なのだから、引き出すのは難しくて当然だもの。あの時は、貴方や仲間にとっての窮地だからこそ、発揮できたものなのだから」

「・・・・・・なるほど。ですが――」


 何か言い返そうとするシグだが、そんな彼へ近寄るや、ルメプリアは指を突き出す。


「言い返すのは駄目! 今は、精霊教官の言葉に従うように! いい?!」

「はぁ・・・・・・」

「はぁ、じゃない! 返事はこうよ。サーイエッサー!」

「嫌です」

「なんでよ! 少しはこっちのノリに付き合いなさいよ!」


 シグの返答に、ルメプリアは手足をばたばたさせて不満を口にする。

 そんな彼女に、ハマーは苦笑を、他の三人は呆れた様子で失笑する。


「精霊、というのは案外子供っぽいのですね」

「精霊というより、子供っぽいな」

「そこ! 今精霊の悪口言ったでしょ! シグ、ぼこぼこにしてやりなさい!」

「そこはお手ずからでお願いします」


 ビアリの発言へ制裁を要求するルメプリアに、しかしシグは難なく躱す。

 地団駄を踏むルメプリアだが、悔しがる彼女もなんだかんだ楽しそうである。


「もういいわ! 今日の訓練はこれでおしまい! シグもこれ以上やっても、たぶん今日はまだ感覚を取り戻せないだろうし」

「いや、しかし・・・・・・」

「いいから! 代わりに私の気分転換・・・・・・もとい修行に付き合いなさい! 今から外に出るわよ! ついて来なさい!」


 シグの手を掴んで、ルメプリアは彼を引っ張っていく。

 それに、シグは特訓に付き合ってくれた三人へ、申し訳なさそうに続いていく。


「いいのか? あれ」

「いいでしょう。シグも、少しは休めるでしょうし」

「確かに、彼はここ最近働き詰めでしたからね」


 ビアリが呆れる中、ハマーとヴェーオルは答える。

 一見、精霊に翻弄されてサボりに向かっているようにも見えるが、ここ最近、というか王国の逃避行の時から、シグはほとんど休暇をとっていない。

 そのため、少しでも彼をリフレッシュさせるのは必要だった。

 一方で連れ去られたシグは、防具を脱ぐやいなや、またもルメプリアに引っ張られ、広場を後にする。

 その際、彼は軽く抵抗をした。


「あの、訓練が終わったら、俺も皆の手伝いに行きたいのですが」

「いいじゃない、たまには休んでも。それに、街の様子を見に行くのも、立派なお勤めよ」

「はぁ・・・・・・」


 暴論に、シグは苦い顔をする。

 そのような理由でここを抜けては、皆に申し訳ないのではないか、と思うが、しかし真っ向から言い返すことはしない。

 そういう性分であるし、何よりルメプリアの強引っぷりに、反論しづらい状況だった。

 そうやって、城の入り口付近まで来た時のことだ。


「? なんでしょうね、あれ?」


 城の入り口付近が、何やら騒がしい。

 不審に思い、二人はそちらへ近寄っていく。


「だーかーら! エヴィエニス殿を呼んできてって言っているでしょう!」


 聞こえてきたのは、少女の声だった。

 その声に、一瞬シグは眉根を寄せる。


「私は、練想術士の一人だから! 呼べばすぐに確認取れるから!」

「生憎、エヴィエニス殿を初めとした練想術士の方々はご多忙だ。お前のような子供の相手をしているほど暇ではない」


 どうやら、門番の騎士が子供の相手をしているようで、彼女の妙な妄言をたしなめ、追い返そうとしているようだった。

 怒鳴っているいる少女は、少し癖のある薄茶色の髪を伸ばしていて、とても小柄な娘だ。年の位は、下手すれば十くらいだろうか。

 ただ、その少女を見て、シグは実際にはその時がもう五つくらい上であることを思い出していた。


「子供じゃない!! 私、べつにちっちゃくないもん!」

「いや、どうみてもちっちゃいだろ!」

「違うもん! いいから、エヴィエニス殿を呼んで来て! すぐに確認は取れるでしょう?!」

「だから、エヴィエニス殿は――」

「何の騒ぎです?」


 やがて、シグはげんなりとした様子で、少し諦めをつけ多様に近寄っていく。

 その声に、騎士と少女が振り向いた。


「あ、シグ殿。今、子供が――」

「あぁ、シグ! お久しぶり――からの~死ねぇぇええ!!」


 少女は、シグを見て喜色を浮かべた後、手に持っていた杖でいきなり殴りかかった。

 凶行に騎士とルメプリアがぎょっとする中、シグはその行動を読んでいたように難なく躱した後、杖を奪い取る。


「あっ! 返しなさいよ、馬鹿!」

「貴様、シグ殿になにを!」

「うるさい! この、練想術士皆の裏切り者め! くたばれ!」


 騎士が慌てて少女を取り押さえる中、少女は憎らしげにシグに罵詈雑言をぶつける。

 そんな彼女に嘆息したあと、シグはその後ろを見た。

 少女があまりにうるさいので存在感が薄かったが、そこにはもう一人、女性がいたのだ。

 立っていたのは、少女より黒めの髪を長く伸ばした、なかなかの美人である。


「シグさん。ごめんなさいね、スネールちゃんがいきなり・・・・・」


 彼女がそう誤りをいれると、シグは乾いた苦笑を浮かべる。


「いえ・・・・・・いつものことですので。それより、いつからこの国へ」

「昨日入ったばかりです。エヴィエニス殿、にはお会い出来ないかしら?」

「おそらく、俺が事情を告げれば少しだけなら。今忙しいのは本当ですので」

「ごめんなさいね。迷惑かけて」


 重ねて謝ってくる相手に、シグは苦笑を浮かべたままだ。

 そんな会話に、少女はがるるると唸りながらこちらを見て、一方彼女を取り押さえている騎士は不審な顔をする。

 そんな騎士へ、シグは振り向く。


「あの。彼女たちを通していいですよ」

「え? よろしいので?」

「えぇ。確かに、彼女は練想術士ですから」


 シグが言うと、騎士は戸惑いながら、少女を離す。

 離した瞬間、少女はシグへ突進した。


「シグ、死ねぇ!」

「空気と会話を読め、お前は」


 跳び蹴りしてくる相手に、シグはそれを躱して手刀を叩き込む。

 十分手加減はしたが、それでももろにそれを喰らった少女は、頭を押さえて蹲った。

 そんな様子を、呆気にとられたようにルメプリアが見る。


「・・・・・・ねぇシグ。この子は?」

「あぁ。この騒がしいのはスネール・ビルギッタ。で、後ろの女性がスノートさん。二人は姉妹で、妹の方は練想術士です」


 大雑把に、シグは二人のことを紹介する。

 その紹介を受け、スノートはルメプリアに頭を下げるが、スネールはまずはシグを見上げて睨む。


「うぅ・・・・・・。いきなり少女に手を挙げるなんて、この外道!」

「いや、どうみても正当防衛だろ。それより、エヴィエニス殿の元へ案内してやるからついてこい」

「本当?! シグ大好き!」

「・・・・・・はいはい」


 シグの言葉に、先ほどまでの邪険な態度はどこへと行った様子で好意的な顔をするスネールを、シグは辟易とした様子で無視し、ルメプリアに目を向ける。


「すみませんが、外出はまた次の機会に」

「むむ。まぁ、仕方がなさそうね」

「はい。申し訳ありません」

「――か~ら~の、隙ありぃ!」


 ルメプリアへ謝るシグへ、スネールは目をきらめかせてフライングクロスチョップを仕掛ける。

 が、シグはそれを難なく躱すと、後頭部に裏拳を叩き込み、その後で悶絶するスネールを担ぎ上げ、城の方へ向かって歩き出す。

 俵でも持って行くかのようなその扱いに、スネールは当然文句と共に暴れるが、シグは歯牙にもかけない。

 そんな彼へ、スノートが続いていく。


「・・・・・・本当に仕方がなかったのかしら」


 疑問に思いながら、ルメプリアもなんとなしに、シグに続いて城へ戻るのだった。

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