第5章
下準備と蠢動――――――――――――――――――――――――――――――
78.恐怖政治
「一応訊いてやろう。何故、断りもなく動いた?」
暗黒に支配された王城の中で、静かに、問責の声が流れる。
暗雲立ちこめる空の下で、魔物たちが王城の間に立ち並ぶ。
その中で、魔神軍師は眼前に控える魔物へ尋ねていた。
「すべては、大魔神様のためです!」
魔神軍師の前で、その魔物は答える。
責を問われ、尋問されているのは、イソティスへ魔王・アスラビルを派遣し、人間たちを襲撃するよう指示を出した魔王たちであった。
「人間どもは、浅ましくも大魔神様に対抗するため、結束を固めようとしておりました。それを看過することは出来ず、我らは奴らの目論見を挫こうと動いたのです!」
魔物は、そう言って自分たちの無罪を主張し、抗弁を続ける。
「結果として、アスラビルが討たれたせいで我らの作戦は失敗しました。しかし同時に、奴らが我らの危惧するように、同盟といって連携の約束を結んでしまいました。これで、大大陸南部の諸国家を攻め落とすのは、骨が折れることになったでしょう!」
彼らの発言に、魔神軍師はすっと目を細める。
そんな彼に、魔物たちは続けた。
「我らの危惧に、他の魔物たちが同調していれば、こんなことには――」
「黙れ」
魔物がなおも言葉を続けようとした時だった。
その魔物が、吹き飛ぶ。
弾け飛んだのではなく、その場で粉々に粉砕されたのだ。
その様子に、周囲に控えていた魔物たちはぎょっとする。
そして視線を、空間の上座の最奥にある玉座へ向けた。
色濃い黒い瘴気が、揺らめいていた。
「貴様らの罪を数えよう。まず、勝手に動いた上に戦況を悪化させたことが一つ。次に、お前たちの勝手な行動が、かえって人間たちの結束を進行させたのが一つ。己らの失態を、他の魔物どもの協力がなかったためと責任転嫁したのが一つ。そして何より――」
濃厚な瘴気の中で、燗と瞳が輝く。
「我のためと騙り、我の勘気に触れたことが、何よりの罪だ!!」
「――ひっ!」
大魔神の言葉に、その憤激に、弁明に立ち並んでいた魔物たちは悲鳴をあげ、その場から逃げ出そうとする。
が、その行動もむなしく、彼らは次々と爆散・四散・霧散していく。
音もなく粉々に砕け散る彼らに、居並ぶ魔物たちは息を呑んでいた。
大魔神は言う。
「我を欺き、我の命を聞かねばどうなるか、分かったか?」
玉座に腰を下ろしたまま、大魔神は尋ねる。
それに返答はなかったが、皆は黙したまま返答代わりに固唾を呑んでいた。
その反応を回答代わりに、大魔神は告げる。
「以後、魔王らは魔神軍師たちが出した差配に従って動け。勝手な真似は許さん。よいな?」
「ははっ!」
居並ぶ魔物たちは、大魔神の大号令に頷く。
彼らは平静を装い、しかし内実では大魔神の怒りに恐怖で怯えるのだった。
「大魔神様。わざわざお手を煩わせして、申し訳ございません」
居並んでいた魔物たちが去った後、魔神たちが残る玉座の間で、魔神軍師がそう謝罪した。
それに、他の魔神も同調する。
「そうです。あのような不届き者など、我らが片付ければよかったものを・・・・・・」
「構わん。我自らが示さねば、分からぬ愚かな魔王もいただろう」
鼻を鳴らすようにしながら、大魔神は言う。
「魔物、魔王の中には低脳な者も多い。我らがいかに理知的な、論理や摂理を説いたところで、心の底から納得する者は少ないだろう。そいつらには、理ではなく力を示すほかない」
言いながら、大魔神たちは嘆息をする。
「力への恐怖を植え付け、その上で理と利を説けば、誰であろうと従うものだ。魔物であれ、人間であれな」
「なるほど。そこまでお考えでしたか」
納得した様子で、魔神たちは顎を引く。
「しかし、やはり本来は我らが手を下すところでした。お手を煩わせ、申し訳ありません」
「構わん。気にするな」
「ありがとうございます。寛大なご裁断、心より感謝いたします」
大魔神に対し、魔神たちは恭しく頭を下げる。
「このご恩は、必ずや勝利によって報いましょう」
「よい。その誓い、違うでないぞ」
笑いながら、大魔神は顎を引く。
「もっとも、勝利をもたらすのはお前たちの力だけではない。我がお前たちを導くことによってのものだ。時には頼るがよい。よいな?」
「は! その寛大なお心に、必ずや報いてみせまする!」
恭しく、魔神たちはかしずく。
その様子を見て、大魔神はますます笑みを深めるのだった。
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