77.神の熾火

「やぁシグ。目覚めたか?」


 そう口を開いて入ってきたのは、ルシラである。

 続いて、その後ろにラートゲルタが現われ、そして続いて、何故かマリヤッタとルメプリアが現われた。

 変わった組み合わせだが、シグはまずルシラの来訪に驚く。


「姫様、何故ここへ――」

「あぁ、立たなくていい。そのままでいてくれ。傷に響くだろう」


 居住まいを正そうとするシグを、そう言ってルシラは制した。


「いやな、どうもエヴィエニスなどの報告では、お前がロミアを討った魔王を討ち倒したと聞いてな。どういうことかと皆の間で疑問になっていたのだ。その答えをどうも、マリヤッタ殿たちが知っているらしくてな」

「私、と言うよりも、正確にはルメプリアだけど」


 そう言い返すマリヤッタだが、シグはその言葉に少し首を傾げる。

 言葉には、何故かいつもの棘がない。

 何かあったのか、そう思う彼だが、そんなことなど気にもせず、ルメプリアがシグに向かって、とっとっと、と小走りに近寄ってくる。

 そして、不審な顔をするシグの顔を覗き込んだ。


「うーむ。今は引っ込んでいるか。突発的に力が出せただけかもしれないわね、これは」

「力、とは? あの炎が一体何か、ご存じなのでしょう?」


 エヴィエニスが問うと、ルメプリアは素直に頷く。


「うん。シグ、貴方のフルネームはなんだった?」

「シグ・バーレイグですが?」

「その名字、どういう意味があるか知っている?」

「? いえ。古くからセルピエンテの王族に仕える一族の名前としか」

「そっかぁ。じゃあ、私が意味を教えてあげるね」


 にっこりと笑い、そしてそれを消してから、真面目な顔で、ルメプリアは言う。


「その名はね、『焔を瞳に宿す者』って意味なの」

「焔?」

「そう。焔は別名、こう呼ばれるわ。神の熾火、と」

「えっと・・・・・・意味がよく分からないのですが」


 戸惑いながら、シグは意味を尋ねる。

 ルメプリアは顎を引いた。


「じゃあ、端的に言うね。貴方の一族は、元は『神』に仕えた氏族なの。神が遺した精兵の一族、それが貴方の先祖ね」

「・・・・・・は?」

「そんな不審な顔しても、事実しか言っていないわ。次いで言うと、貴方の一族は、一瞬の爆発力だけみえれば、もっとも神に等しいと言われた一族でもあるの。つまりは、超ハイブリットな血統なわけ。分かった?」

「なんですか、その三文騎士物語みたいな言い伝え」


 少し呆れた様子で、シグは言葉を返す。

 その感想は、サージェやエヴィエニスも口には出さないが、同感であった。


「別に創作じゃないわよ。じゃあ何、貴方は私の説明以外に、何かもっともな理由が分かるわけ? あの炎の正体に、何か心当たりでも?」

「いえ。ないですが・・・・・・」

「じゃあもっと詳しく言ってあげる。そもそもセルピエンテは、バーレイグの一族と共に、シーヴァルトという一族が移って統治を始めたのだけど、そのシーヴァルトって言う一族は、元々『蛇』の一族と言われていたの。この蛇っていうのは――」

「それは、セルピエンテの歴史では? それぐらいなら、俺でも知ってますよ?」

「あ、私も知ってる~」

「私もです」

「そういう意味じゃなーい!」


 頷くサージェ立ちに、ルメプリアは不満げに手をばたつかせる。


「ともかく、貴方やそこの姫様の一族や、マリィの一族、その他世界の各地には、それぞれ元は神に仕えた氏族たちが広がって繁栄しているの! そして、神の指示とは言え、神の伝承を忘れてのうのうと生きているわけ! 分かる?! 目覚めてその事実を知った私の気持ちがっ!」

「いや、知りません」

「薄情ねっ! でも、その一族たちの協力が、唯一『魔神』たちへの対抗手段でもあるのよ!」


 依然としてバタバタと手足を動かしながら、ルメプリアは言う。


「神の遺産と神に仕えた精兵の一族の力――これらが合わさり、初めて魔神と渡り合える! それを手助けするために、その時に私たちは目覚めるようにされていたのよ! 分かった!」


 身を乗り出して、ルメプリアは言う。

 鼻と鼻がぶつかりそうになったため、シグは身を反らすが、その中で彼は困惑していた。


「あの・・・・・・さっきから疑問なんですが」

「なに?」


 首を傾げるルメプリアに、シグは訊く。


「魔神って? 魔王じゃなくて?」

「あ・・・・・・」


 何やら、ルメプリアは口をぽかんと開ける。

 そして、マリヤッタの方を見て、彼女からの呆れの視線を受けてから、シグにぐるんと振り向く。


「ま、魔神というのはあれよ。言葉の綾よ。魔王を言い間違えただけ、うん!」

「・・・・・・何か隠していますよね?」


 早口でごまかそうとする相手に、シグは静かに目を細める。


「か、隠してなんか、ないよ~」

「声が裏返ってますよ?」

「そ、そんなこと――」

「それについては、私が説明するわ。けどその前に・・・・・・」


 逃げ口上を考えるルメプリアだったが、その時控えていたマリヤッタが、側頭部に手を当てながら、げんなりした様子で口を開いていた。

 辟易としているが、しかし目は妙に真剣だった。


「そのことを理解して貰う前に、このことは覚えておいて。先ほど、大大陸南方諸国の対魔物への連携協定が締結された。これによって、南方諸国は一応は魔物に結束した。けど、まだ足りない」


 厳しい顔で、彼女はそう告げる。


「これから侵略してくる魔物たちは、きっと世界各地を襲ってくる。それこそ、マクスブレイズやセルピエンテを襲った時のように、急な大軍勢で。それに備えるには各国の、そう、大大陸の大国の力も必要となってくる」

「大国って・・・・・・帝国や共和国とか?」


 サージェが尋ねると、それにマリヤッタが首肯する。


「そうよ。何せ、魔物たちの背後には、それ一体で世界を震撼させるレベルの魔王や、延いてはそれを圧倒できる実力の魔神が控えているのだもの。だから、今からすべき事は一つ――大大陸の三大大国を、今回の南方諸国のように結束させること」


 そう言って、マリヤッタは人差し指を立てた。


「これがどれだけ難しいことかは、もうすでに分かっているとは思うけど・・・・・・。でも、これが出来ないと、人類は詰むわ」

「えっと・・・・・・その三大国って、すっごく仲が悪いんじゃ・・・・・・」

「だから難しいと言っているの。でもできないと、人類の負けね」


 あっさりと、凄まじく厳しい事実を、マリヤッタは告げる。


「何故そう言えるかは、これから説明するわ。ルメプリア、もう魔神については話していいわよね?」

「うん。事ここに至ったらしょうがないね・・・・・・」

「元々貴女が口を滑らした事が原因だけど、まぁいいわ」


 容赦なくマリヤッタが言うと、それにルメプリアはがっくりと肩を落とす。

 何やら可哀想な様子だが、しかしマリヤッタは、そんな彼女を歯牙にも掛けず話し出す。

 そして、どうして彼らの同盟が不可欠かについて、その詳細を話し始めるのだった。

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