76.三人の時間
しん、とした涼しい空気を肌で感じ、シグは、重い瞼を持ち上げる。
まどろみの中から、目覚めた先は暗い部屋の中だった。
どうやら辺りは夜の様子で、燈台の照明が、部屋を照らしている様子だった。
「・・・・・・シグ? シグ!」
目をぱちくりさせて、シグは声のした方へ振り向く。
するとそこには、眩しいほどに嬉しそうな顔の、赤髪の幼馴染みの顔があった。
かなりの安心と喜びを浮かべた彼女は、満開の笑みの後、後ろへ向く。
「エヴィー! シグが、シグが起きたよ!」
「本当ですか? あぁ、よかった・・・・・・!」
駆け寄ってくるなり、エヴィエニスは胸に手を当て、安堵の表情を浮かべた。
それは、普段凍りの如き相貌の彼女にしては珍しい、柔らかい表情であった。
その珍しい表情もさることながら、シグはともかく混乱する。
「・・・・・・えっと。これはどういう状況だ?」
混乱した様子で、シグは尋ねる。
すると、その様子に、エヴィエニスもようやく気づいたようだ。
「えっと・・・・・・あぁ。倒れた騎士を、我らが看病してあげていたのです。感謝なさい」
そう言って、彼女はごまかすようにコホンと咳をつく。
どうみても手遅れなそれに、サージェが苦笑をする。
「エヴィー。今更取り繕わなくても・・・・・・」
「取り繕ってなんかいません! まったく、この馬鹿はもう・・・・・・」
呆れたように言いながら、しかしどこか嬉しそうなエヴィエニスである。
そんな二人の反応に口元が綻びかけ、しかしシグは身を起こしながら、思い出す。
「・・・・・・魔物は、どうなった?」
問いながら、シグは自分の身体が包帯で厳重に固定されていることに気づいた。
流石に、それがサージェによるものだとは、気づいていないが。
「え? あぁ、あの魔王をシグが倒した後、撤退しました。とはいえ、ほとんどは、騎士たちに討たれましたがね」
「ヴィスナとハマーは? 無事か?」
「えぇ。貴方が早めに撤退させてくれたおかげで、命に別状はありません」
「そうか・・・・・・よかった」
答えに、シグは安堵した。
彼にとっては、自分の状況より、そっちの方が気がかりであったようだ。
それが少し、サージェたちには悲しい。
「シグ。少し訊いていい?」
声をかけたのは、サージェだ。
シグは振り向く。
「なんだ?」
「シグ。ひょっとして、武装練想術でも使ったの?」
その言葉に、シグが眉根を寄せる中で、サージェは続ける。
「あの、炎が出たの、もしかしてそうかなって。エヴィーは違うって言っているけど」
「・・・・・・あれは、よく分からない。だが、武装練想術ではない」
「えぇ、違うでしょうね。何故なら、武装練想術は、前から利用していますものね」
エヴィエニスが言うと、その言葉にシグは頬を強ばらせ、彼女を見る。
彼女は、少し冷たい目で、彼を射貫いていた。
「惚けるのは無駄ですよ。サージェを助ける時や、私を庇った時などで、貴方は人間離れした動きをしていました。貴方、練想術を利用して、肉体の強化をしていたでしょう? 違いますか?」
鋭い目で、詰問するエヴィエニスに、シグは黙る。
そのやりとりに、サージェが内心はらはらとする。
やがて、シグは躊躇い気味に口を開いた。
「・・・・・・確かに、練想術を利用してはいた。けど、肉体の強化はしていない」
「どういうことです?」
「練想術の使役の際に、意識を集中するだろう? 戦う時に、あれを利用していた。集中力を限界まで上げて、身体の動きを合理化、制御していたんだ」
練想術を使う際の練想術士は、その時独特の感覚で意識を集中させる。
呼吸法のように、意識の集中法が、独自にあるのだ。
シグは、それを戦いに応用していたのだ。
「エヴィーの危惧していることは分かる。練想術において、人体や肉体への練想術の使役は禁忌だものな」
練想術が、使役を禁じているものの中に、生物の肉体の錬成や、肉体の強化というものがある。
肉体を錬成したり、肉体を常軌の逸したものにしたりする行為のことだ。
それらは、開祖から伝来生命を弄ぶ行為であるという理由から、禁忌とされているものでもあった。
ヒトが本来の生命ではあり得ないものを生み出すことは、傲慢かつ危険な思想であり、それを防ぐためにも決められた約束事である。
「だが、それについては犯していない。今言ったとおり、意識の応用的利用はしていたけどな」
「・・・・・・そう、ですか。ならば、いいのですが・・・・・・」
ほっと、エヴィエニスは安心したように息をつく。
どうやら、シグの言い分を素直に信じてくれるようだった。
「もしそれが嘘ならば、この場で貴方を断罪しなければならないところです」
「本当のことだ。練想術士の道は外れても、最低限の倫理は守るさ」
「そうですか。でも、勝手に練想術を応用した事への言い訳は?」
「・・・・・・ないです」
にっこりと、シグは笑う。
笑って、ごまかそうとする。
それを見て、エヴィエニスは頷く。
「よし。一発叩かせて頂きます」
「だ、駄目だよエヴィー。病人にそんなことしちゃ」
どさくさまぎれの乱用に制裁を加えようとするエヴィエニスに、サージェはそれを止めようとする。
彼女は、平和主義者なのだ。
「せめて、デコピン程度にしておこうよ、ね?」
「そういう問題じゃないだろ」
ずれたサージェの言葉に、当事者のシグが何故か他人ごとのように言う。
ちょうどその時、部屋の扉が開いた。
言い合っていた三人がそちらに目を向けると、姿を見せたのは複数の人影だった。
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