74.焔の騎士
「ぐぅ・・・・・・一体何が起きた?」
サージェに斬りかかろうとして、シグに弾き飛ばされた魔王は、転がった地面の先でゆっくりと身を起こす。
そして、自分の胴部に走った傷に手を当てた。そこからは、どす黒い血がドクドクとあふれ出ている。
この傷に魔王は瞠目し、ぎょっと自分を突き飛ばした青年騎士の方を見た。
そこでは、青年騎士が蒼い炎を纏い、佇んでいた。
「シグ、どうしたの?!」
彼の今の姿に、そう驚きの声を漏らしたのはサージェだ。
彼女の視線と声に、シグは振り向くことなく、自分の手元に視線を下ろしながら、拳を開閉する。
「・・・・・・分からん。だが、身体が妙に軽い」
そう言ってから、シグは視線を魔王に向ける。
そこでは、魔王が傷を押して立ち上がりながら、烈火の如き怒りの表情で、シグを見据えていた。
「やってくれるではないか、クソ餓鬼ぃ!」
魔王の雄叫びに、空気が揺れる。
龍の咆哮のような大音量の叫びに、ビリビリと振動が伝わる中で、シグはその声に半眼を閉じてから、立ち直る。
「よく分からないが、今のうちに倒してくる。下がっていろ」
サージェに対してそう言い残すと、シグは足を踏み出した。
蒼い火の粉を残滓に、彼は魔王の方へと歩み寄っていく。
それを、魔王は怒りの表情で迎え入れた。
「ふざけおって、ふざけおって! 殺す! 我に血を流させた貴様を殺す!」
「言っていろ、地獄で。今、落としてやるからな」
つまらなそうに言った直後、シグは地面を蹴りつけた。
次の瞬間、シグは魔王の眼前で剣を振るっていた。
瞬間移動のようなスピードと速さで距離を詰め、詰めるや否や剣を振るうシグに、魔王の反応は追いつかない。ズバンと斬撃が魔王の身を叩きつけ、魔王は後退することでなんとかダメージを分散させる。
「ぐぅ! おのれ――!!」
血を吐きながら、魔王は剣をシグに叩きつける。
高速の四重の斬撃に、しかし捉えられたのはシグの残像だ。
彼は斬撃の軌跡から、その機動を絡め取るような動きで魔王の背後へ周り込むと、そこから旋回がてらの斬撃を叩き込む。片口から脇腹を切り裂く斬撃は、魔王の固い肉体を叩き、半ばまで切り裂きながら衝撃となって奴を噴き飛ばす。
前のめりになってから地面を転がった魔王に、シグは追撃の斬撃を振るうため接近する。
そこへ、魔王は立ちあがりがてら斬撃を放り込む。寝転んだ体勢からの斬撃は鋭く、シグは危うく両断されそうになった。
が、反射的に立ち止まった彼は、ぎりぎり紙一重で斬撃を躱す。団服の腹部を掠めるに留まった斬撃に、シグはそれが通過した直後、お返しに斬撃を縦に振り下ろす。
ズバンと、またも綺麗に決まった斬撃は、魔王の肩口からその下方を切り裂く。
魔王はそれを受けよろめき、目を燗と輝かせながらシグを睨んだ。
戦いは、シグの圧倒的優勢だった。
魔王が弱いのではなく、単純にシグのスピードが上がりすぎているのだ。
本人すら戸惑いを覚えるほどの高速で身体が動き、魔王を圧倒している。
そして、一気に彼は畳みかける。
魔王が怒りのままに斬りかかってくるのを、シグはその斬撃の軌跡を完全に読んだ上で素早く躱し、懐まで潜り込む。
そして、突進して魔王のみぞおちに刃を突き立てた。
ズブリと潜り込んだ刃は、シグが突進したことで、刃の根元まで突き刺さり、切っ先が魔王の背を飛び出る。
その両端から、血飛沫が爆散した。
「ぐおっ! おのれ、小僧――」
「ああああああああ!!」
充血した目で、シグを突き放そうと斬撃を放り込まんとする魔王の前で、シグは咆哮。
そして、抉るように刃を傾けると、突き刺した刃を横に薙ぐ。
ブチブチブチッという感触と共に、魔王の胴部が半分断ち斬られる。
同時にその切断面から、勢いよく内蔵物が、血潮を伴って弾け出た。
魔王は、振り下ろした剣をシグの肩口まで届けるが、そこから引き裂くまではいけずに脱力する。
斬撃がシグの身から力なく逸れる中、シグの前には無防備な魔王の胴体。
一閃、両断。
横薙ぎの閃撃は、魔王の胴部を見事に斬り裂いた。
鋭い刀で割られた竹のように、肉体は両断され、弾け飛ぶ。
血飛沫を噴射させ、そこから中身をぶちまけながらとんだ魔王の上半身は、すぐ後に地面に正面から叩きつけられた。
「おのれ、おのれ・・・・・・」
上半分だけになり、魔王は地を這う。
噴出する黒い血の帯を引きつつ、魔王はこの場を逃れようと這いずった。
「我は、死なぬ。我は・・・・・・」
そう言って、魔王は上体を反らす。
そして、天を見上げながら呻く。
「必ずや、必ずや――魔神の座に――」
無念の言葉を、そう言い残しながら、魔王・アスラビルはその首級を、背後から切りつけたシグによって刎ね飛ばされるのだった。
魔王を仕留めた。
それを確認したシグが、肩で息をする。
目の前で飛んだ魔王の身体は、今、蒼い炎が燃え移っていた。
炎上したその身体は、やがて朽ちるように燃え尽きていく。それは、瞬く間に黒い灰になり、あっという間に跡形もなく崩壊した。
そして、炎もなくなり、魔王の死骸は灰燼となって消失する。
それを、見届けたシグは、剣を払って血糊を落とす。
どす黒い血がぱっと地面に落ちると、銀色の刃は炎に照らされて美しく輝いた。
その炎が、消失する。
シグを包んでいた謎のそれは、ふと勢いをなくしたように、強風に煽られでもしたかのように消え失せた。
直後である。
シグは身体を傾け、その場に転倒する。
「シグ?!」
突然倒れた彼に、サージェとエヴィエニスは瞠目した。
そして慌てて駆け寄って膝をつく。
彼の身体にある傷口から、徐々に血があふれ出ていた。
それは、尋常ではなく、また楽観視できる量でもない。
二人は、それを見て慌てた。
「シグ?! ねぇ、しっかりしてよ、シグ!!」
「サージェ、急いで救命活動を! 治療できる者を呼んできてください!」
「う、うん!」
エヴィエニスの指示に、サージェはすぐさま立とうとした。
が、その瞬間、彼女の肩は何者かに押さえられる。
「治療なら、私がするわ」
二人が振り向いた先に立っていたのは、ルメプリアだった。
いつも無邪気なその顔は、事今に限っては、やけに真剣である。
その表情と、また言葉に、二人は驚く。
「え、貴女が?!」
「・・・・・・出来るのですか?」
「うん。私、精霊だもん」
事も無げに言って、ルメプリアは膝をつく。
そして、シグの傷口に指を触れ、何やら現代語ではない言葉を紡ぐ。
その次の瞬間には、彼女の指先が青白い光で包まれていた。
その現象と、次に起きた光景に、エヴィエニスが瞠目する。
「! すごい、血があっという間に止まって、傷が・・・・・・」
「本当?!」
彼女の言葉に、サージェも目を剥いて言う。
その二人の反応に、ルメプリアは微笑む。
「言ったでしょう。精霊だって。それにしても、さっきのシグはすごかったわね」
治療を続けながら、ルメプリアは呑気に言った。
「あんなに炎をばーっと出して。本当にかっこよかったわねぇ」
「・・・・・・貴女、ひょっとしなくても、何か知っていますね?」
ルメプリアの口ぶりに、エヴィエニスは目を細める。
口の端を伝って出来た血の跡を拭いつつ、彼女はルメプリアの横目に視線を合わせる。
「一体何なのです、あれは? 教えてください」
「いいけど、どうせならシグが目覚めてからにしましょう。このことは、彼が一番に知る必要がある」
ルメプリアの提案に対し、エヴィエニスもサージェも、異論は唱えなかった。
二人は、視線を合わせた後で、相手に対して首肯する。
やがてこの場には、ヴィスナを安全な場所まで退避させたハマーと、街に出ていた騎士たちも戻ってきた。
ハマーは、魔王がシグに倒された事を知り驚愕するだけだったが、騎士たちは魔物の群れが逃げ去った事を報告してくる。
シグが魔王を倒したことで、魔物たちの撃退は無事に成功したということであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます