73.おはよう――そのモノの名は、
「なんだ貴様は?」
側頭部を抑えながら、魔王は不快そうに目を細める。
一方で、この場に現われた少女は、シグたちに目を向けた。
「無事ね。もう充分頑張っただろうし、そろそろ私も参戦させてもらうわ」
「・・・・・・貴女は」
ルメプリアの姿に、シグの腕の中にいたサージェが驚きの声を漏らす。
瞠目しているのは、シグも同様だ。
今し方サージェを救ったのは、状況からみるに彼女だ。
少女が見せた行動に驚く中、他方で魔王は苛立っていた。
「貴様は何だと聞いている!!」
「私? 精霊よ」
憤り、空気を震わせる迫力ある魔王の問いに、ルメプリアはいつもより淡泊な声で言葉を返す。
そして、軽く伸びをしてから、こちらへ近づいてくる。
「もっとも、まだ起きてから二・三ヶ月しか経ってないから、力は万全じゃないけど。それでも、貴方を足止めすることぐらいは出来るでしょうね」
そう言いながら、ルメプリアは目を細め、そしてあろうことか不敵な英を浮かべる。
普段の彼女とはどこか違う、戦える者が浮かべる特有のその余裕な表情に、シグたちは依然として困惑するほかない。
「今のは・・・・・・魔術だな。なるほど、貴様が例の・・・・・・」
何か、魔王は納得した様子で顎を引く。
そして、憤りの中で、彼は歓喜の感情を表に出した。
「よいだろう。まずは貴様からだ。この魔王・アスラビル様が、貴様に引導を渡してくれる!」
「無理だと思うけどなぁ。まぁ、いいわよ」
「あぁ、だが――」
笑いで肩を揺らした後、魔王は視線をシグたちに向ける。
そしてまたルメプリアへ戻すと、不審な顔をする彼女へ言う。
「知っているか? 戦いでの基本は、弱った奴から殺すべきだということを」
そう言った直後、魔王は姿を消す。
また空間を移動したのだろう。
それを見て、シグは奴の言葉の意味を悟って、すぐにそちらへ振り向いた。
「エヴィー! 後ろだ!」
そちらでは、槍を杖代わりにエヴィエニスが立ち上がっていたが、彼女はシグの警告を受け、素早く背後を見ながら槍を横に構える。
しかし、その防御の甲斐もむなしく、忽然とエヴィエニスの背後へ現われた魔王の刃は、エヴィエニスの身体を切り裂いた。
「ぐはっ・・・・・・!」
「ははっ、死ね」
膝から崩れ落ちかける彼女を、魔王は剣を掲げて殺しにかかる。
だが、
「させないわよ」
魔王のすぐ横に、今度はルメプリアが忽然と現われた。
そして、振り向く魔王の側頭部に、掌底を叩き込む。
同時に、その至近距離から爆炎が炸裂し、魔王は横手へ吹き飛ばされる。
かなりの距離を吹っ飛んだ魔王は、しかし空中で受け身を取って、ルメプリアを見る。その目は、憤りで染まっていた。
「くぅー。かったいわね~」
「ふざけた真似を・・・・・・」
手をぶらつかせて魔王の耐久性を嫌うルメプリアに、魔王は苛立った様子であった。
そんな二人のやりとりのうちに、シグはサージェと共に、エヴィエニスの元へ到達する。
「エヴィー。大丈夫か?!」
「・・・・・・だいじょうぶに、見えますか?」
荒く息をつきながら、エヴィエニスは笑う。
その姿は、お世辞にも大丈夫とは言えなさそうだった。
「サージェ、手当てを。俺が、その間に守る」
「う、うん。分かった」
シグの指示にサージェが従う中、魔王とルメプリアはそれを尻目に対峙していた。
魔王は剣を横へ振るい、口内からどす黒い血を唾と共に吐き棄てる。
「おい精霊」
「なに、魔王さん」
「貴様、その程度の力で我と渡り合えるつもりか?」
「いいえ。渡り合うつもりはないわ」
軽く首を振ると、それを見た魔王は不審げな顔をする。
ルメプリアは、肩を竦めた。
「私は時間を稼いでいるだけ。そのうち、その意味は分かるわ」
「・・・・・・まぁいい。死ね」
そう言うや、魔王は地面を蹴って、ルメプリアへと突進してくる。
それに、ルメプリアも応じた。
互いに吸い寄せられるように距離を縮めるや、魔王はルメプリアに斬りかかる。
振り下ろされる刃は、ルメプリアをズタズタに切り裂き、何の手応えもなく空を切った。
次の瞬間、ルメプリアは魔王の背後へ回り込んでいる。そしてその背に手を伸ばし、掌から爆炎を呼び寄せた。
炎は魔王を衝撃と共に吹き飛ばし、火炎となって魔王を包む。
が、魔王は立ち上がりざま全身から瘴気を噴出させると、その炎を吹き飛ばした。
火の粉を霧散させて立ち上がった魔王は、剣を振りながらルメプリアの方へ歩いてくる。
手をぶらぶらさせながら、ルメプリアは苦い顔で奴を見ていた。
そんな彼女を前に、魔王は姿を消す。
次の瞬間、奴の姿は少女の背後に現われた。
背後に出現した魔王は、そこから振り返る少女に向けて斬撃を叩き込む。彼女は軽やかな動きでそれを躱すと、そこから手を掲げ、今度は稲光を発する。
鋭い閃光が魔王に突き刺さり、しかしそれは空間を裂いて突き進む。
目を丸めるルメプリアは、直後、反射的に身を屈める。その頭上を斬撃が通り過ぎると、今度は低空に回し蹴りが払われる。それを避けようとしたルメプリアだが、ぎりぎりのところで足がかかり、彼女は転倒する。
軽い悲鳴を上げる彼女へ、魔王は邪悪な笑みを浮かべながら躍りかかった。
「死ねぇぇええ、精霊!!」
凶笑を浮かべて斬りかかる魔王は、ルメプリアを襲い、しかしその刃が彼女に届くよりも先に、横へ弾かれる。
横に吹っ飛んだ魔王に対し、驚く少女の前に、シグが立ち塞がった。
「――ッ! 邪魔をするな、小僧!」
「邪魔するに決まっているだろう。目の前で少女が襲われていたら」
呆れた様子で言うと、シグはそこで剣を構える。
その言動に、魔王は赫怒の形相で近寄ってくるや、一気に地面を蹴って肉薄してきた。
それを、迎え撃つべくシグも突進する。
そこで、シグの高速の斬撃と、魔王の複数の斬撃が衝突する。
一本の剣で、シグは魔王の四本の剣に挑みかかるが、流石に打ち合いは不利なのか、押される。そのため、攻撃を仕掛けながら巧みに引き、攻撃を間一髪のタイミングで躱していた。
「邪魔だ! 邪魔だ邪魔だ、死ねい!!」
魔王が繰り出す連続攻撃に、シグは時折切りつけられながらも、致命的なダメージは受けないように躱し続ける。
軽く血の糸が舞い上がる中、シグは攻撃を躱しながら、時に攻撃を繰り出していく。
魔王には傷を与えがたい中、それでもシグは活路を見いだすべき戦う。
だが、それは些か無謀な戦い方であった。
勝てる方法が手元にない中で、応戦するのは下策である。それに、シグはルメプリアを守ろうとして動いたために失念していた。
一瞬の隙であった。
シグの放った斬撃を、魔王は一本の剣で弾く。そこで出来た停滞に、残る三本の刃がひた走る。
血飛沫が舞った。
「シグ!!」
「しまった、シグ!!」
「っう!!!」
胸元を切られ、シグは後退してから膝をつくと、口腔から粘り気ある血の塊を吐き出した。
視界がぼやけ、思考が飛びかける中、しかしシグはなんとか意識を食い止める。
そんな彼へ、魔王は邪悪な笑みを浮かべて近寄る。
「死ぬがいい。そして、あの女騎士に詫びていろ」
震える足の中で立ち上がろうとするシグに、魔王は剣を掲げる。
が、その瞬間魔王の頭部と胴体に、爆撃が叩き込まれた。
叩き込んだのは、サージェとルメプリアだ。
示し合わせたわけではないが、二人の攻撃に魔王は黒煙に包まれる。
流石に両方同時に攻撃を受けたために、魔王はぐらつく。
だが、黒煙を残して魔王は消える。
「――どこへ・・・・・・?」
「っ! 後ろ!!」
周囲を探るルメプリアに、サージェが警告した直後だった。
ルメプリアの背後に、魔王が再び出現する。
直後、奴は振り返った彼女の頭を鷲掴みにした。
そして、力の限り彼女を横手の地面に叩きつける。
「きゃあ――――!!」
「邪魔ばかりしおって、この精霊が!!」
いきなり叩きつけられ、受け身も取れずに転がるルメプリアに、魔王は迫る。
憤激に染まった表情で、足でもくじいたのか膝を押さえて蹲る少女に、奴は剣を掲げて肉薄した。
そんな奴を、またも爆撃が襲う。
攻撃をしたのは、サージェだ。
ルメプリアの窮地を見たのか、彼女はなおも爆撃する。
連続して爆発が魔王を襲う中、その攻撃の危険性に、シグは気づいた。
「やめろ、サージェ! 逃げろ!!」
言って、彼はサージェの方へ駆け寄ろうとして、転倒する。
出血のせいか、彼は身体がふらつき、身体の一部が言うことを効かない状態だった。
彼が倒れる中で、代わりにエヴィエニスがサージェの元へ向かおうとするが、それよりも、魔王がサージェに到達するのが早い。
魔王は、爆撃をしようとするサージェから、杖を剣で打ち払う。
杖を飛ばされたサージェは、手ぶらのまま後退し、眼前に振るわれた刃を避けるため、転倒する。
そこから逃げようとするサージェに、魔王は逃がさないとばかりに、上からのしかかった。
「はははは! 逃げれると思ったか!」
「――ッ!」
剣を眼前に掲げられ、サージェは息を呑む。
その顔は、恐怖と戦慄に青ざめていた。
その様を見て、シグは身を起こす。
なんとか立ち上がった彼は、その状態――視界がぶれ、身体もふらつくなかで、しかし意識を集中させようとする。
「死ねぇ!!」
そんな中で、サージェに乗っていた魔王が、彼女に向けて剣を叩きつけようとする。
エヴィエニスも風流槍を構えるが、しかし刃を飛ばしたところで魔王を止められる見込みは低い。
ルメプリアも手をかざすが、爆撃で攻撃が止まるかは微妙だ。
このままではサージェは――その後の光景は容易に想像が出来た。
――シグ
視界霞むシグは、声を幻聴した。
それは、今よりも幼い頃の少女の声だ。
同時に、瞼の裏に浮かぶ、幼き頃の彼女の、笑顔。
今の自分には浮かべることがない、明るく、天真爛漫なその笑顔。
――一緒に、頑張ろう! 頑張って一緒に・・・・・・あっ駄目だ!
何かを思い出して、少女は言い直す。
――世界で一番の練想術士になるのは、私だからね! 置いてかないでね!
唇を尖らせて、言う彼女に、自分はいつも苦笑して――
そんな彼女を守ろうと思ったはずだ。
何があっても、彼女の幸せだけは守ろうと、思って、だから、自分は――。
そんな彼女が、魔物の手にかかろうとする瞬間に、全てがスローモーションに見えた。
同時に、自分の中で、何かが切れた。
ブチンと、まるで、『鎖』が切れたような感触だった。
同時に、シグの姿が霞む。
そして次の瞬間、サージェに刃を振り下ろそうとした魔王が、衝撃で吹き飛んでいた。
どす黒い血飛沫が舞い、重く鈍い音を立てながら、転がる魔王。
それを、離れた場所で見下ろしていたのは、シグだった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
「・・・・・・シグ?」
間一髪で助けられたサージェは、自分を助けてくれた相手を見上げる。
その前で、シグはその双眸を、
蒼い炎で燃やしていた。
「?! シグ?!」
サージェが息を呑み、エヴィエニスもその変化に気づき瞠目する。
そんな二人の前で、シグの身に変化が起きた。
彼の身体から、まるで蒸気でも噴き出すように、蒼い炎が漏れ始める。
そして、まるで彼を守り、また強化でもするように、炎はシグに纏わり付いていく。
「シグ? それは、一体?!」
その光景に、サージェたちは息を呑む。
同時に、その光景を見て、ルメプリアは微笑んだ。
掲げていた手を下ろし、彼女は細めた目に、安堵の色を宿し、
「・・・・・・おはよう」
待ちに待った恋人が帰ってきたかのような、そんな喜色と安堵の表情で、語りかけていた。
語りかける、そのモノの名は、
「おはよう――『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます