72.魔王の真髄

 先陣を切り、魔王に挑むのはシグだ。

 彼は真正面から魔王へ突き進むと、その刃圏の一歩手前で立ち止まり、一瞬の停滞の後で横手へ回り込む。素直にシグが直進してくるとみた魔王は、返しの斬撃を放つが、それは空を切り、横手への警戒を怠る。その瞬間、横手に周り込んだシグの刃が、横薙ぎに魔王へと襲いかかった。

 残る片側の剣でなんとかそれを受けた魔王は、しかし斬撃の衝撃で思わず横へ飛び、体勢を崩す。

 そこへ、ハマーとヴィスナが迫る。


 二人が同時に斜め前から叩きつけて来る閃光に、魔王は、残る二本の剣でそれを受け止め、防ぐ。シグほどの膂力はないものの、しかし重い斬撃に、魔王は思わず剣を手放しそうになりながら、後退を余儀なくされた。

 続けざま、ハマーとヴィスナが正面から迫り、剣を振るい掛ける。

 その突進を嫌がるように、魔王は引いていた二本の剣を横に薙いで、二人を攻撃する。

 が、彼らは間合いに入る直前で立ち止まり、その斬撃をぎりぎりでいなす。横薙ぎに火花が散る中で、二人の受け流しによって、魔王は体勢を崩した。


 間髪入れずに、そこへ背後からシグが踏み込んでくる。

 失策に気づいた魔王に、しかしシグはそれへの対応を打たせない。

 踏み込みながらの片手一本突きが、魔王の脇腹に突き刺さった。

 そして、シグはそこから体勢を捻り、斬撃を横手へと展開させ、魔王の身体を断ちにかかる。素早く身をよじって抉ろうとする動きに、魔王は先んじて横へ飛びながら、斬撃による肉体の損傷を最小限に抑えようとした。

 それでも、斬撃は、魔王の身をズバッと抉り、血飛沫を弾かせる。

 魔王は横へふらつき、そこから更に連続で跳躍して後退する。そんな残影を、ハマーたちの刃が捉え、手応えなく空を切るのだった。


 距離が開き、三人は並ぶようにして魔王と対峙する。

 見事な連携を見せる三人に、魔王は何も言わず、しかし愉しげに嗤う。まだ余裕があるその態度に、シグは舌を打ち、横手へと歩き出す。

 一人だけ逸れるように進む彼に、魔王は当然注目する。

 そんな中で、ヴィスナも横へ進み始める。シグより少し早足に進む彼女に、魔王も当然意識を集中させる。

 そして、両者が大きく横へ展開した瞬間だった。


 動いたのは、ハマーだ。

 彼が一気に距離を詰め、魔王の正面へ突進する。

 その瞬間、魔王は彼へ意識を戻し、剣を構える。

 が、彼は魔王の眼前、間合いの外で急停止する。

 立ち止まり、攻撃を誘ってカウンターを狙うような構えを取った彼に、魔王は不審感を覚える。

 が、すぐにその意図を悟った。

 視界が正面へ向いた瞬間、ヴィスナが魔王の横手から肉薄する。彼女は一瞬で魔王の間合いへ踏み込むと、そこからその顔面を狙い、横薙ぎを叩きつける。

 それに対し、魔王は身をかがめて、反撃の刃を振るう。がら空きになったヴィスナの胴部を狙った斬撃は、しかし直前でハマーの剣によって防がれた。

 膠着する三者、そこへシグが迫る。

 ゆっくりとした動きから、急な高速化で緩急を生み出した彼は、さらに魔王の視界の外から、魔王に詰め寄っていた。

 そして、魔王がその動きに気づいた瞬間に、渾身の斬撃を、連続で叩き込む。目にも留まらぬ暴風の刃に、魔王は剣をがむしゃらに構えながら後退、火花と甲高い音を響かせながら、斬撃を防ぎきる。

 半ば吹き飛びながら攻撃を受け止めた魔王は、にやりと笑いながら、着地すると、固まった三人に向け突進しようとする。

 反撃で、一気に三人を窮地に追い込む――そんな狙いであった。


 だが、そんな奴の周囲の空気が、その瞬間変質する。

 空気が重く、また妙な流れを生み出し、魔王は立ち止まりかける。

 そして、自分の失態に気づいた瞬間、手遅れになった。

 直後、空間がつんざくような炎の爆発を起こし、魔王の身体を強かに打ち据えた。魔王の身体は錐揉み吹き飛び、黒煙とともに後方へ転がり、ゴロゴロと転がっていった。

 それを見て、ハマーとヴィスナは目を見開き、シグは頬を緩ませながら、背の方へ意識を向ける。


「よし、決まった!」

「えぇ。これは、効いたはずです」


 会心の声を上げたのは、サージェとエヴィエニスであった。

 爆撃は、二人が協力して放ったものだ。風の流れを操り、爆発のダメージを凝縮させて叩き込む――両者の得意とする火と風の練想術の合体技だった。

 その破壊力は、並みの魔物ならば粉々になるほどのものだが、頑健な魔王は原型を留めている。

 しかし、流石に効いたのか、すぐには立ち上がる気配がない。


「・・・・・・倒したのか?」

「いや。まだ息がある。気を抜くな」


 シグが注意を促し、三人は構えながらゆっくりと距離を詰める。

 慎重に、冷静に、三人は包囲するように展開しながら、最後の詰めを行なおうと動き出した。


「――くっくっく・・・・・・。なかなかやるな」


 不意に、魔王は笑い声と共に身を起こした。

 爆発を受けた影響で、その身の一部が黒く焦げ、黒い煙をあげながら、どす黒い血を流している。

 そして、その傷跡もあいまって、凄惨と呼べる笑みを浮かべた。


「この我をここまで押すとは。流石に侮りすぎたか」

「余裕だな。何か隠しているな、貴様」


 不審に思いながら、シグは尋ねる。

 怪我はなかなかだが、しかしアレを喰らって、肉体の破損がほとんど見られないのが気になる。

 そんな彼の疑問に答えるように、魔王は言う。


「左様。我の肉体にダメージを与えても、消し飛ばすのは貴様らには不可能だ。それを、今証明してやる」


 そう言うと、魔王はその身から瘴気をあふれ出させた。

 ぶおっと噴き上がったそれは、瞬く間に魔王の身体全体を包み込む。

 そして、ぼこ、ぼこっと何やら音を立てて、奴の肉体を隆起させていく。

 その光景に、サージェやエヴィエニスは息を呑む一方、シグたちは目つきを鋭くしながら、魔王の変化を見る。

 やがて、魔王は立ち上がり、その肉体を誇示するように、腕を広げる。

 魔王の身体は、先ほど以上に筋肉質になるとともに、その大きさを増していた。


「巨大化したわね」

「したね」

「ただでかくなったわけではないだろう。その分、力と耐久性も増したはずだ」


 魔王の身の変化に、シグたちは冷静にやりとりをし、構え直す。


「本当の戦いはこれから、と言いたいんだろうよ」

「なるほど。手強いな」

「くっくっく・・・・・・さて。では、誰から死にたい? 選ばせてやろう」


 強ばった笑みを浮かべるハマーに次いで、魔王はそう問いかける。

 不遜で不敵なその言葉に、答えたのは薄く笑ったヴィスナだ。


「貴方から死んで欲しいわね。その不格好な身体ごと」

「・・・・・・なるほど。女、貴様が最初に死にたいか」


 ヴィスナの挑発めいた言葉に、魔王は寛大な頷きで応じる。

 そして次の瞬間、その身を霞ませた。

 現われたのは、構え直したばかりのヴィスナの眼前だ。


「よい。許す」

「ヴィスナ!」


 ぎょっとする三人は、急ぎ魔王に挑みかかる。

 が、次の瞬間、惨劇の幕が開く。

 手前にいたヴィスナの斬撃は、魔王の剣一本に弾かれると、残る三本の剣がヴィスナを襲う。その膂力とスピードは先ほどまでと桁違いで、体勢を崩したヴィスナはズバンと切り刻まれる。

 苦悶の声と共に、ヴィスナは地面へ叩きつけられる中、シグとハマーが、魔王の背後から斬りかかる。

 だが、直後二人の前に暴風の斬撃が薙がれる。

 咄嗟に攻撃をやめて防御した二人は賢明だった。次の瞬間、火花をあげながら二人は剣ごと吹き飛ばされ、後方の地面に叩きつけられる。

 辛うじて受け身は取れたが、二人はそれでも苦痛の呻きを漏らす。

 そんな中で、少女の絶叫が響く。

 ヴィスナの声だ。

 二人を打ち払った魔王は、ヴィスナを上から思いっきり踏みつけたのだ。傷口を地面になすりつけられたヴィスナは、その激痛のあまり声を張った後、堪えるように歯を食いしばる、


「ぐっ・・・・・・がぁっ・・・・・・!」

「ははははは! さぁ死ね! 苦しみ死――」


 刃で切りつけられた傷が深いのか、地面に血の模様を残すヴィスナに、魔王は哄笑して剣を振り上げる。

 だが、その瞬間、彼の顔面を爆撃が襲う。

 サージェの攻撃だ。

 ヴィスナの窮地を見て、彼女はエヴィエニスと示し合わすことはせず、単体で攻撃を仕掛けたのだ。

 その攻撃が不意打ちだったのか、魔王は顔を押さえながらよろめき、ヴィスナより足をどける。

 その隙に、シグが魔王へ斬りかかる。

 シグの横薙ぎは、魔王が咄嗟に構えた剣と衝突し、しかし魔王を勢いよく弾き飛ばす。

 その隙に、シグは魔王からヴィスナの前に立ち塞がり、ハマーが倒れて悶絶しているヴィスナの側へ膝をついた。


「ハマー! ヴィスナを連れて一旦下がれ!」

「っ! しかし――!」

「俺が時間を稼ぐ。その間にヴィスナを安全な場所へ!」

「――死ぬなよ!」


 一瞬迷ったハマーであったが、しかしヴィスナの様子を見てすぐに決断する。

 明らかに、ヴィスナは重傷だ。このまま戦うことは不可能な彼女をこの場に置いておくわけにはいかないと、シグの判断にハマーは従う。

 ハマーがヴィスナを抱えてこの場からの離脱を図る中、シグは魔王と対峙する。


「行くぞ」

「――断る」


 魔王は応じるや、姿を消す。

 またも駆けだしたか、と思われたが、そうではない。

 奴は、現われた時もそうだったが、空間を渡れるようだ。

 消えた奴の気配を、シグは探って周囲に目を巡らせる。

 狙うとすれば、離脱を図るハマーとヴィスナが一番危ない――そう思って彼らの周囲を特に警戒した。

 それが、裏目だった。

 彼が気づいた時、魔王は彼女の背後にいた。


「サージェ、伏せろ!」

「えっ?」


 きょとんとする彼女の背後から、魔王は斬撃で斬りかかる。

 シグは走り出すが間に合わない。

 次の瞬間、魔王の斬撃で血飛沫が舞い、サージェが横手へ吹き飛ばされる。

 そして――魔王の眼前で、エヴィエニスが倒れていた。

 シグより早く魔王の出現に気づいた彼女は、咄嗟にサージェを突き飛ばし、その代わりに斬撃を受けたのだ。

 背中を切りつけられた彼女は、その背を血で滲ませながら苦悶する。


「え・・・・・・エヴィー?!!」


 驚愕するサージェだが、事実に彼女が気づいた時、魔王は更に動いていた。

 奴は、倒れたエヴィエニスを蹴り飛ばすと、彼女が苦悶の声を共に転がっていくのを尻目に、サージェは歩み寄る。

 そして、シグが駆け寄るのを嘲笑うように、尻餅をついたまま後ろへにじり下がるサージェへ近づく。


「さっきはよくも邪魔してくれたな」


 そう言って、魔王は笑う。

 笑うが、その目は全く緩んでおらず、鋭い殺意と怒気に染まっていた。


「死ぬが良い」


 そう言って、魔王は斬撃をサージェの脳天へ叩き込もうとする。

 シグが駆けつけようにも、エヴィエニスが遠距離攻撃をしかけようにも、間に合わないタイミングだった。

 だが、刃がサージェに届くことはなかった。

 魔王は爆炎と共に横へ吹き飛び、そして横転していく。

 その光景にシグは目を見開きながら、サージェを駆け込み抱えると、魔王から距離を取る。

 そして、横手へと目を向ける。

 転がった魔王も受け身を取り、そちらへと目を向ける。

 二人が目を向けた先には、何やら新たな気配が生じていた。


「その辺にしておきなさい。魔王」


 そう言って、その場に悠然と立っていたのは――ルメプリアだった。

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