覚醒する焔――――――――――――――――――――――――――――――
71.後悔と向き合う者たち
「ま、魔物が出ただと?! こんな市街地にか?!」
「馬鹿な! こんな場所に魔物が出現することはないはずだ! 一体どうなっている?!」
協議が行なわれていた会場では、動揺の声が漏れていた。
魔物が街を襲っている様子、また街から人々の悲鳴や混乱を見受けることは、協議の会場の窓からも確認できる。
それを見て、各国の代表者たちは混乱する。
「に、逃げなければ。我々まで魔物の餌になるぞ!」
「お、おい兵士ども! 我らをここから逃がせ! 安心に、迅速にだ!」
各国の代表者は、思い思いに行動を取ろうとする。
それを留めたのは、ルシラだった。
「落ち着かれよ! 慌てて動くのは得策ではない!」
彼女の言葉に、皆が振り向く。
「まだ魔物による被害の規模や、彼らの位置が具体的に分からぬ中で動けば、犠牲になるのは貴方がただ! 逃げ出すのは、それら詳細が分かってからでも手遅れではない!」
「だ、だが、急いで逃げねばここも魔物に――」
「魔物の侵攻の阻止と、退路の確保に兵士や騎士が動いている。ここにも護衛の騎士や兵士がいる。しばらくはここに居る方が安全なのだ!」
反論に、声を張り上げての正論をぶつけると、それに相手は黙り込む。
「確かに、今動くのは得策ではないわ」
重ねるように、言ったのはマリヤッタだ。
「マクスブレイズも、セルピエンテも、不確定な情報で動いたために多くの被害者を出した。ここには兵力がいる。その兵力を上手く活用し、見極めてから、逃げ出すのが、生存確率が最も高い。これは、経験者ゆえの意見よ」
ルシラの言葉に、珍しく同調するようにマリヤッタが言う。
その言葉に、各国の代表者たちは、心から納得したわけではないが、従う。
彼女らの言葉を踏まえた上で、むやみに動くのは得策ではないと思い至ったからである。
そんな中で、ルシラは思う。
(頼むぞ、皆。この状況を、打開してくれ)
そう思いながら、ルシラはその場で、戦況の好転を待つのだった。
四本の剣を持つ魔王・アスラビルに、シグは果敢に攻めかかる。
縦の軌跡の唐竹割りから横薙ぎを二閃、更に相手が反撃に移りかけたタイミングで横へ移動し、攻撃が空を切った瞬間に、背後へ周り込んでの回転斬りを叩き込む。
間一髪のタイミングで攻撃は防がれるが、かなりのスピードとバリエーションで、攻撃は立て続けに繰り出されていた。
「ふっ。やるな。だが――」
シグの猛攻に、魔王は何かを言いかける。
だがそれよりも早く、シグは更に攻め立てる。
痛烈に叩き込まれる連撃を弾き、魔王は距離を取って、呆れた様子で嗤う。
「少しは我にも喋らせろ。この狂戦士めが」
「黙れ・・・・・・」
「そんなに、上官を殺された事が憎いか? ふはは、なんとも醜い理由だな」
「黙れ!」
煽ってくる相手に、シグは猪突猛進する。
真っ向から攻め来る彼に、魔王は防御の姿勢を取った。
「腕は立つ。だが、我と渡り合うにはまだまだだ。少し飽きたな」
そう言うや、シグが力を込めて振ってくる斜めの斬撃をいなし、その横腹に蹴りを放つ。
シグは体勢を崩し、その勢いのまま転がって距離を取る。
そんな彼へ、魔王は目を細めた。
「もういい。貴様は死ね。これ以上、遊んでいる時間は――」
言いかけて、シグへ進もうとした魔王であるが、その時横手から、新手の斬撃が叩き込まれる。
やって来たのは、ハマーとヴィスナであった。
彼らの縦の刃を躱し、魔王は眉根を寄せる。
「むっ。仲間も来たか」
「俺たちが相手だ!」
そう言って、二人はシグを庇うように切り込んでいく。
シグほど鋭くはないものの、それでも十分腕が立つことを証明している二人の攻撃に、魔王は後退を余儀なくされる。
そんな二人の参戦を見て、シグも立ち上がり、地面を蹴ろうとした。
「待ちなさい、シグ!」
そんな彼の腕を、背後から掴むものがいた。
エヴィエニスだ。
サージェと共に駆けつけた彼女は、シグを押しとどめながら声を張る。
「ひとまず、落ち着きなさい! 頭に血を上らせたまま戦えば、死にますよ!」
「うるさい! 俺は――」
振り返り、シグは怒り眼に大声で言い返そうとした。
が、そこに乾いた音が響く。
その音に、サージェはぎょっとした。
音の正体は、エヴィエニスがシグの頬を平手打ちした音だ。
「お願いですから! もっと自分を大切になさい! ロミア殿が、最期まで何が気がかりだったのか、分からないのですか?!」
シグが驚きから目を開く中、エヴィエニスがシグの胸ぐらを掴み、そして必死に訴えかける。
「貴方がここで死に急げば、彼女の死だって無駄になる! それも分からないほど、貴方は愚かではないはずです!」
「――ッ!」
「落ち着きなさい! 冷静に力を合わせれば、私たちなら出来るはずです!」
エヴィエニスが、懸命に声を掛けると、シグは口を噤んで黙り込む。
その目には、動揺が色濃く浮かんでいて、瞳が震えていた。
「エヴィーの言うとおりだよ、シグ」
戸惑う彼に、そうサージェも声をかける。
「あの魔物が、ロミアさんを奪った奴なんだよね? だったら、私たちにも力を貸させて。力を合わせて、立ち向かおう?」
「・・・・・・俺のせいで、母さんは死んだんだ」
小声で、絞り出すようにシグは言う。
その言葉に、エヴィエニスは悲哀に顔を染め、サージェは瞠目する。
「俺が弱かったせいで、俺が無理をしたせいで、母さんはあんな無残な死に方をした。全部、俺のせいなんだ。俺の責任なんだ」
自分を恥じ、そして責めるようにシグは独白する。
悔しさと無念、そして自噴がそこには込められている。
「それなのに、お前たちを巻き込むのは――」
「違うよ。シグのせいじゃないよ。私にも、責任はあるもの」
「?」
シグが、怪訝な目でサージェを見る。
どういう意味か、と言う視線だった。
それに、サージェは答える。
「シグが怪我してなければ、そもそも私が孤立してなければ、きっとロミアさんを失うことにはならなかった。私にだって、責任はある。だから、力を貸させて。一緒に、あの魔物を倒させて」
「だが――」
「そういう責任の押し付け合いをしている場合ではありませんよ」
互いの責任を吐露し、なにやら言い合いそうな空気が醸し出される中、それを止めたのは、シグの胸から手を離したエヴィエニスだ。
彼女の言葉に、二人は振り向く。
「ともかく、まずはあの魔物をどうにかしましょう。話はそれからです」
「・・・・・・そうだね。今から倒そう、あの魔物を、三人で」
頷き、シグの横にサージェは進み出る。
シグは、二人がすぐ横に並び立ったことに、戸惑いのようなものを浮かべる。
だが、目を閉じ、息をつくと、次に目を開いた瞬間には顔つきが変わっていた。
「こうやって三人で、構える日がくるとはな」
そうシグが、何気なく呟く。
その言葉に、サージェとエヴィエニスも、その事実に気づいた様子で、驚きを見せる。
「・・・・・・そうですね。少し、信じられないことですね」
「うん。でも、一緒に並んだからには、頑張ろう」
「あぁ」
言って、三人は進み始める。
向かう先は、魔王の元だ。
ちょうどその時、ハマーとヴィスナが魔王と距離を置いたところであった。
二人は魔王相手に善戦しているようだが、手傷を負わされたらしく、服の一部の裂け目からは出血が見られる。軽傷だが、防刃性の騎士団服でなければ、致命傷になっていたかもしれない。
シグたち三人、そしてハマーとヴィスナの二人と、二方向から魔王に対峙する。
すると、魔王は剣を掲げ構える。
「ほう。五人がかりか。これはなかなか苦労しそうだ」
言葉では嫌がりながら、しかし態度としては全然嫌がっておらず、むしろ歓迎するように嗤っていた。
その余裕に満ちた態度に、ハマーたちは渋面を作る。
「余裕をこいているな。もっとも、それは今のうちだ」
そう言って、進み出たのはシグだ。
その顔には、依然として憤りの色があるが、今は何か、吹っ切れたような様子も見受けられた。
彼は、魔王を視界に収めながら、ハマーたちに目を向ける。
「ハマー、ヴィスナ。お前たちは後列に回ってくれ。前列での打ち合いは、俺が受ける」
「シグ・・・・・・」
「心配しないで。私たちも打ち合えるわ」
気遣いをするシグに、ヴィスナが強気の言葉を返した。
「アレが、ロミア団長の仇なんでしょう? なら、私たちも最前線で戦うわ。仇討ちは、三人でいきましょう」
「だね。抜け駆けは許さないよ、シグ」
「・・・・・・分かった。行こう」
提案するヴィスナと同意するハマーに、シグは頷く。
そして、シグはサージェとエヴィエニスを後列にして進み出る。
「話し合いは済んだか? ならば、始めようか。生憎、お前たちと戯れているほど、我は暇ではない」
言葉を交わした三人から視線を外し、魔王は背後の建物を見た。
「あちらに、各国の代表者どもはいるのだろう? 皆殺しにせねばならないのでな」
「それはそうだが、させるかよ」
「何もかも、貴方たちと思い通りにいくとは思わないことです」
シグとエヴィエニスが宣言する中、騎士の三人がほぼ同時に地面を蹴る。
魔王との戦闘は、第二章に入るのだった。
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