70.因縁の邂逅

 周辺諸国の代表者が集まり、会合している建物の周りを警備しているのは、主にイソティスの兵士たちであったが、その他にはセルピエンテやマクスブレイズの騎士たちの姿もあった。

 殊に、建物正門近くにはシグたちの姿もあり、少し高所にあるその場から、都市全体を見下ろしていた。


「会談、上手くいくかなぁ」


 多くの者たちが屯っているその場で、不安の声を漏らしたのはサージェだ。

 エヴィエニスの付き添いの形でやって来た彼女は、誰ともなくそう語りかけていた。

 答えたのは、シグの近くにいたハマーとヴィスナだ。


「大丈夫、きっと上手くいきますよ」

「この日のために、王子もあらゆる問答を想定してきました。相手が馬鹿出ない限り、きっと上手くいきます」


 二人は、力強くそう頷く。

 もっとも、その馬鹿が、会談の場にはいるのだが。

 そんなことは露知らず、サージェは「そっかぁ。そうですよね」と明るい顔をする。

 そんな彼らのやりとりを聞いていた仮面の笑みで見ていたシグだが、そこで不意に誰かが背中に乗っかってきた。


「だーれだ?」

「精霊様は、意外と重いんですね」

「むっ。それは、悪口だな~!」


 首に絡みついてくる腕を払い、シグはルメプリアを地面に下ろす。

 振り返ると、至近距離でこちらを見上げている、少女の丸い瞳と出会った。

 不満そうな顔で唇を尖らせる彼女は、精霊らしくはないが年相応に愛らしい。


「何か用ですか?」

「べっつに~。マリィの側から離れさせられて、暇だっただけよぉ」


 ルメプリアは、そう言っていじけるように地面を軽く蹴る。

 その態度に、シグは微苦笑した。


「なるほど。お暇でらっしゃるわけですね」

「・・・・・・前から思ってたけど、貴方私には辛辣よね。なんで?」

「さぁ? 何故でしょう」

「そういう人を食ったような態度が、他人から嫌われる原因なのよ」


 惚けるシグに、ルメプリアはぴしゃりと言う。

 それに対し、シグは「なるほど。以後気をつけます」と笑って流す。

 ルメプリアはさらにぷくぅと頬を膨らました。


「何よぉ。精霊がせっかく心配してあげているのにぃ」

「それについては、誠にありがたく思います」

「ねぇ、シグ。ちょっといい?」


 シグがいつものようにルメプリアをいなしていると、そこへサージェが近づいてくる。

 それに、シグたちは振り向くと、サージェが少し戸惑いの表情を浮かべていた。


「どうした?」


 シグが尋ねる。


「前から、聞きたかったんだけど・・・・・・」

「ん?」


 不審がるシグに、サージェはまごつく。

 後ろでは、ハマーやヴィスナが見ている中で、彼女は意を決した様子でシグの目を見る。


「シグって、ちっちゃい女の子には優しいけど、そういう趣味嗜好――」

「ねぇよ」


 仮面の笑みを消し、シグは真顔で答える。

 その返答の速さに、ハマーやヴィスナが何か堪えた顔をするのを、シグは見逃さない。

 サージェが閉口する中、シグは目を細める。


「誰の差し金だ?」

「えっ、いやっ・・・・・・よく子供に好かれている事を思いだしたのと、ハマーさんたちにそのこと聞いたら、本人に直接聞けって」

「おいハマー、ヴィスナ」


 呼びかけつつ、シグはにっこりと笑う。ある意味、その表情は、いつもの仮面の笑み以上に、能面だ。


「後で、潰す」

「そんな本気で抹殺しようとしないで欲しいのだけれど」

「うん。軽い冗談だし」


 クスリと笑って動じないヴィスナと、両手を挙げて降伏するハマーに、シグはニコニコ笑っている。

 場に流れる、平和でちょっぴり剣呑な空気に、サージェは慌てる。


「ちょ、ちょっと、喧嘩は駄目だよ! 警備の最中だよ」

「黙れ火種」

「ふぇっ?!」


 ぼそりとシグが笑ったまま言うと、サージェはその言葉に肩を震わせる。

 その剣呑な言葉に、ルメプリアは「あーあ」と横目を向ける。


「シグって女心が分かってないなぁ~。精霊様ですら分かるのに~」

「・・・・・・警備中に、これ以上余計な指摘のキャパシティを割かせないでください」

「場を和ませようとしてくれただけでしょうに~」

「貴女、自分が幼女扱いされたことに気づいていらっしゃられないのですか?」


 シグが冷静に指摘すると、ルメプリアははっとする。


「ちょっと、サージェ! それってどういう意味?!」

「ええっ?! 今頃?!!」


 ぷんすか怒り出すルメプリアに、サージェはぎょっとする。

 そして、ルメプリアが一方的にサージェを掴み、何やら抗議の声を上げるのを、シグたちは渋々止めに入る。

 そんな中であった。

 突然、街の方から轟音が響く。


「?!!」

「なんだ?!」


 ルメプリアをサージェから引き剥がしていたシグたちは、そちらを見る。すると、眼下の街で黒い煙が上がっていた。

 嫌な予感が、周囲によぎる。


「――魔物ね」


 不意に、ルメプリアが静かな声で言う。

 いつもより大人びたその声に、サージェやハマーたちは瞠目するが、シグは冷静に言葉を聞いていた。


「サージェ。エヴィエニス殿に報告に行ってくれ。ついでに、周囲の索敵と指示をもとめてくれ」

「う、うん。分かった!」

「ハマー、ヴィスナ。俺たちは、各所へ連絡に行くぞ。もし魔物が意図的に出たとしたら、最終的な狙いは――」

「ここか!」


 ハマーが目を剥くと、シグは頷く。


「急ごう。ついで、ここと街を守るぞ!」


 その言葉に、ルメプリア以外その場の全員は頷いた。




 人々の悲鳴が響く。

 現われた魔物たちは、武装したオークやリザードマンたちで、街の人々を襲い始めていた。

 逃げまどい、パニックになる人々の波に、魔物たちは飛び込んでいく。


「ぎゃはは行くぞー! 皆殺しだぁ!」


 そう、人間にも分かる残虐な言葉を発しながら、魔物たちは人々に襲いかかる。

 その光景を、少し後方で眺めている影が一つ。


「くっくっく・・・・・・。よいぞ。ほどよく攪乱できているようだ」


 その魔物は、建物上に乗りながら、その上を飛んで渡って、ある場所を目指していた。

 それに、他の魔物たちも続いている。


「引き続き、お前たちは人を襲え。我らは、手はずどおりにあそこへ向かう」

「はっ。お任せあれ!」


 その一体の魔物の指示に、部下の魔物はしたがって別れていく。

 屋根を渡る魔物の群れは、そのまま街の高所にある建物目指して進んでいった。





「騎士たちを街に向かわせた! シグ、ハマー! お前たちはここを任せたぞ!」

「了解です。兄さん、お気をつけて!」


 ハマーの応答を受け、ビアリたち騎士の一部は、会合が行なわれている街の高所から街に向かって馬で駆けていく。

 それを見送り、シグたちは街の様子を今一度見る。


「敵の数は二百程度、でしたか?」

「はい。そうですね」


 答えたのは、エヴィエニスだ。

 現在この場には、シグやハマーとヴィスナの他にエヴィエニスとサージェが残っている。

 他の騎士たちは、多くがすでに街の防衛に出向いている。

 建物内には他の騎士や兵士はいるが、外には最低限の兵士しかいなかった。


「そのほとんどが、街で暴れているようです。ただ、中には一直線にこちらへ向かってきている者もいます」

「それは、こちらの方角からですか?」

「えぇ。今、ビアリ殿が騎士を率いて迎えに行っています。よほどのことがないかぎり・・・・・・」


 何か言いかけ、不意にエヴィエニスは目を見開く。


「どうしました?」

「・・・・・・巨大な気配が、一つ消えました――っ! 前!」


 注意を喚起する彼女に、シグたちはそちらを見て反射的に構える。

 直後、その空間が揺らめき、そこから一体、魔物が出現する。

 現われたのは、


「――ほう。ここにもまだ兵がいたか」


 現われたのは、四本の腕を持つ、見覚えのある魔王だった。

 ドクン――

 その手に四つの剣を持ったそいつの姿を見た瞬間、シグは目を見開き、次いで咆哮を上げる。

 そして、本能で理知を真っ赤に染め、その魔王へ斬りかかっていた。


「――アアアアアッ!」


 抜刀がてら斬りかかった彼に、四つ腕の魔王はそれを難なく、剣で弾く。

 そして、胡乱げな顔をする。


「むっ、貴様は――?」


 口を開きながら、同時に右側の二本の剣を叩きつける。

 が、それは不発に終わる。

 シグは、剣を掻い潜って相手の右側面へ踏み込んでいた。

 このスピードと果敢さに、魔王は目を剥く。

 直後、血飛沫が待った。

 シグが放った横薙ぎは、魔王の腹部を半ば裂いたが、致命傷を負わすまでには至らない。

 一方で、奴は後退がてらに斬撃を放りこんでおり、それが捨て身で斬りかかっていたシグの肩を抉っていた。


「シグ!!」

「シグ、落ち着きなさい!」


 彼の急な突撃と攻撃に、少し遅れてハマーやエヴィエニスたちが言う。

 だが、シグの耳には、その声は聞こえても、入ってきていなかった。

 魔王は笑う。


「ほう。あの時の餓鬼か! あのときは逃したが、今度は――」


 笑いながら魔王は言うが、直後彼は笑みを強ばらせて後退する。

 彼の言葉に耳を貸さず、シグは斬りかかっていたからだ。

 襲いかかるシグに、魔王は退いて攻撃を躱す。

 それを、シグは猛攻するように追尾していた。


「っ! シグを援護しますよ!」


 シグの過激な攻撃の様を見て、エヴィエニスが言うと、ハマーやヴィスナ、それにサージェは頷く。

 会合の建物を背にし、彼らは魔王を迎え打ち始めた。

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