69.能なしたちの合同協議

「――このように、電気技術というものを活用すれば、人々の生活は格段によくなります。多くの国民の生活を富まし、便利にすることができる技術と呼べるでしょう」


 配布した資料から顔を上げ、リーグ王子は語る。

 その説明に、集まった各国の主席たちは、大いに感心と興味を持ったように、王子と資料を交互に眺めていた。

 大大陸の南部諸国の合同協議は、諸国内でも比較的中立立場と言われるイソティス王国で行なわれていた。

 ナポスの国王――正確にはそこに滞在する旧セルピエンテの王族が発起人となって呼びかけられた会合には、諸国から二十程度の国家の代表者が参加している。

 皆、セルピエンテが用意したという新技術に興味を引かれたらしく、様々な思惑をはらみながらも、参加してきていたのだ。

 リーグ王子が、エヴィエニスなどが用意した資料を基に電気技術の有用性を説明すると、一旦そこで話を止める。

 彼らにとっての、本題はこれからだ。


「では、ここで一度電気技術の有用性は話を中断します。具体的な技術の内容は後ほど説明するとして、第二の議題である、諸国間の対魔物に対する連携について詳しく協議したいと思います」


 電気技術の説明をそこそこに、リーグはそう切り出す。

 彼らは、諸国に無償で技術のプレゼンテーションをしたいのではない。

 そのもっとも大事な目的は、諸国が対魔物に対して連携し、協力し合う体勢を構築することで、魔物の被害による死者や国家の衰退を防ぐことにある。

 新技術を餌に交渉のテーブルにつかせた彼らは、その本題に切り出そうとした。

 だが、その時であった。


「まぁ待て。まず電気技術をすべて説明してくれぬか? それを聞いてからでも、連携の協議は遅くない」


 ある一国が、そう提案したのを皮切りにだった。

 他の国の代表者も同調する。


「その通りだ。このまま話を進めてくれ」

「話の腰を折らなくてもよかろう。とにかく、電気技術の話を」

「各国の連携については、その後でも十分語り合えるだろう」


 各国の代表者は、思い思いにそう発言する。

 その提案に、しかしリーグは流されない。


「いえいえ。対魔物に対する協議が大事です。何せこの新技術を実行するには、まず先に魔物たちを倒しきっておく必要があります。そのために、各国の連携が重要となってきます」


 あらかじめ、このような場の空気になるのを想定していたリーグはそう言って、話を進めようとする。

 彼らの中には、新技術の話だけを聞くだけ聞いて、退席する愚者がいるとも限らないと踏んでいたため、あらかじめこのような応答を考えていたのだ。


「それを踏まえる上で、まず各国の対魔物に関する連携の有用性も説明させてください。対魔物への連携は、ただ軍事上だけでなく、電気技術導入のためにも有用なのです」


 理知的に、リーグはそう説明する。

 その巧みな口ぶりに、近くで控えていた姉のルシラは感心する。

 彼女だけでなく、魔物の危険性を説くために同席している旧マクスブレイズの人間、マリヤッタや騎士たちもまた同じ思いで、その上手い舌鋒に感嘆していた。

 そんな理知的な発言に、流石に反するような者は一国の代表者としてどうかというレベルである。

 だが、そんな常識を踏まえた上で、常識外れの事が起こった。


「いいから電気技術の話をせよ! 魔物への対策など、この際どうでもいいではないか!」


 あろうことか、一国の首脳からそんな言葉が飛んできた。

 それに、流石のリーグたちもぎょっとする。


「どうでもいい、ですか?」

「そうだ。大体、魔物の被害などさしたる問題ではない! 被害が出るのは各国の治安維持の能力に問題があるからだ。連携する必要などない!」

「左様! 内政と外政を一緒にする必要などない。各国が競い合い、技術を開拓すれば良いだけの話だ! 連携に必要なし!」


 国の代表者として信じられない発言に、また信じられない同調をする者が現われる。

 その事態に、流石にリーグも動じる。

 想定外の発言、また想定外の論理だった。

 論理というより、それは破綻した意見であって、決して理知的ではない。おおよそ聡明な国の代表なら、まず口にしない意見であった。

 それが、次から次に出てくる。


「電気技術の説明をせよ! 魔物の話と混同させるな!」

「どうせ、連携させた後で話をうやむやにする気だろう? その手には乗らんぞ!」

「それとも、机上の空論を持ち出して、我らをだまそうとしているのではないか? きっちりと技術の仕組み・構造を説明してみせよ!」


 次々と出てくる暴言の数々に、リーグはどう返したら良いか分からない。

 おそらく、返したところから、また別の暴言や暴論が飛んできそうな、そんな空気が出来てしまったからである。


「セルピエンテの技術だから聞きにきたのだ。すでに滅んだ文明国の存在価値など、隠していた技術の披露以外にありはしない!」


 果てに出てきたとんでもない暴言に、リーグの顔が強ばった。

 同時に、ルシラやマリヤッタの顔色が変わる。


「いい加減にしろ!」


 怒声を放ったのは、予想どおり、ルシラであった。


「各国のおのおの方の意見は分かった。つまりは、おのおの方は魔物の連携には一切興味関心がなく、我らが提供するという技術のうまみだけ手に入れればそれでいいと、かように申すのだな?」


 ルシラが怒声の後にそう尋ねると、各国の代表者は黙る。

 ズバリ言い当てられた彼らは、素直には肯定しない。この場に及んで、自分たちは理知的だと振る舞いたいようだ。

 その愚かさ、蒙昧さに、ルシラの義憤は更に刺激される。


「我らは、各国の民が、我らの国のような被害に遭わぬように思い、この協議を開くために奔走したのだ! いたずらに各国の争いを誘発して、対立を招き、魔物による滅びを早めるために集めたのではないのだぞ! そんなことも分からないのか!」

「すでに各国にも魔物の被害が生じているはず。それを減らすことに、今は注力すべきではないのですか?」


 ルシラの怒号に、リーグが静かに問いかける。

 普段なら姉をいさめるところだが、この場ではそれはかえって、他国からの反論の空気を醸しだしかねない。

 ここは、怒りの態度で毅然とすべきと、リーグも考えたようだ。


「マクスブレイズ、そして我が国セルピエンテも魔物によって滅ぼされたのです。それとも皆さんには、そんな魔物たちとも対抗できる術を、個々人が持っているというのですか?」


 リーグが尋ねると、その言葉に全員が押し黙る。

 かの二大国に勝さる軍事力を持っている国は、ここにはない。

 その正論には、正論で返す手段はない。

 返すとすれば、暴論だった。


「ふ、ふん。どうせその二ヶ国は、平和ボケでもしていたのだろう」


 その暴論が、飛んできた。


「常に対立と紛争を繰り返してきたこの国々の間には、精兵が集っている。魔物など、ものの数ではないわ」

「そ、そうだ。女子供の分際で、偉そうに軍政を語るではない!」


 一部の国の代表者、果たしてそれが施政者かという意見が飛び出す。

 暴論も、ここまで来ると清々しい。


「つまり、貴方がたは、ここにいる滅びた国の者たちの意見を、配慮を無下にすると言う腹づもりね?」


 そう言ったのは、マリヤッタだった。

 こういう場で、彼女が意見を口にしてくるのは珍しい。


「国民の命よりも、各国間の平和よりも、己のくだらない見栄とプライドを優先するということね?」

「だ、黙れ! 亡国の姫が偉そうに!」


 そう言って、ある国の代表者が立ち上がる。


「もうこんな会合に意味はない! 魔物などに恐れをなす亡国の者たちの脅しに我が国は屈しない! 我が国はこの協議から退席させてもらうぞ!」

「同じく!」

「異議なし!」


 そう言って、続々と代表者たちが立ち上がる。

 立ち上がらない国もいたが、それでもいくらかの国は、そう言って退席しようとする。

 所詮プライドや体裁を気にする国は、こんな少年少女に言い負かされたことに腹を据えかねたのだろう。

 みっともないことだが、そんなことにも気づかない。

 そんな彼らを、リーグは下唇をかみながら見る。

 本当の目的からいえば、彼らを止めるべきだ。

 魔物による各国の滅亡を防ぐためならば、彼らを連携させるのが最低限の目的だからである。

 しかし、こうなった時点で、もうそれも不可能に近い。

 下手に出たところで、彼らは電気技術について聞くだけ聞いて帰るだけだ。

 魔物に対する連携の話し合いに参加することなど、まずありえない。

 口惜しみつつも、しかし残った国家間で話し合うしかないと、そのように腹を決めようとした。

 その時、部屋の入り口から、警護の騎士が入ってきた。

 そして、場の状況の確認もせずに、声を張る。


「緊急報告いたします! 市街地に魔物が出現しました! 現在、街の各所を襲撃中!」


 その言葉に、場にいた全員の表情が変わった。

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