68.血気逸る魔物たち
「魔神軍師殿、おられるか?」
黒い雲で覆われ、稲光が不穏に辺りを照らす空の下、そこにある王城の一角に、ある魔物のグループが姿を見せた。
それを出迎えるというより、急な来訪を受けたのは、触手の髭を生やした魔神であった。
彼が見ると、そこにはいかにも屈強な、人型の魔物たちが姿を見せていた。
「おや? お主たち、何用じゃ?」
「進言したいことがあってやって来た。聞いてはくれぬか!」
勢いよく、尋ねると言うより告げてきた相手に、魔神軍師は頬を歪めた後、首を傾げる。
「進言、とは?」
「大大陸への出撃を許可していただきたい。我ら自ら、だ」
その言葉を受け、魔神軍師は再び「はて?」と不審がる。
「それは、何ゆえじゃ?」
「理由はいくつかある。だが、主な理由としては、セルピエンテから逃した者どもを早く仕留めておきたいのだ」
発言した先頭の一体の横に進み出て、別の魔物が言う。
「エビレグルが帰ってこなかった件もございます。奴らを放置しておくわけにもいきません。早めに奴らを潰し、後顧の憂いを断っておくべきかと」
「後顧の憂い、とは?」
魔神軍師は、言葉を促すように問いを放つ。
その、あえてよく分かっていないような態度に、かえって魔物たちはたじろぐが、すぐに勢いを取り戻して言う。
「逃がした者たちには王族もいる。奴らを行かしておけば、逃げた者たちも結束して再起を図るだろう。その気勢をそいでおきたいのだ」
「再起、か。依るべき地がないのに再起は図れるかのう?」
触手の髭を蠢かせ、それを手でさすりながら、魔神軍師は言う。
彼は、そう言って思案する。
「それに、奴らを支援するだろう国々に対しては、現在近隣の魔物たちを動かして攪乱工作をさせている。奴らが疲弊し、仲違いするのも時間の問題じゃ。放っておいても大丈夫じゃと思うがな」
現在、大大陸の南部の諸国では、そこに在来の魔物たちを扇動することで、攪乱活動を行なっている。
彼らだけで国を滅ぼせるほどではないが、それでも諸国を疲弊させ、動揺させておくには、充分な効果が見込まれている。
「それが、そうも言ってられぬのだ」
しかし、そんな魔神軍師の目論見に、魔物の一体が異を唱える。
「奴ら、不審な動きをしているらしい。諸国に使者を送って、近々会合を開くらしいのだ。おそらくは、我らの動きに対抗してのものだろう」
「あの諸国どもが結束すれば、脅威とまではいかぬも厄介だ。取り潰すのに手間がかかろう。結束する前に、叩いておくのが賢明だ」
魔物たちは、それを一番言いたかったのだろう。
そう言って、魔神軍師に、自分たちの遠征の許可を取りに来たのだ。
彼らのそんな目論見に、魔神軍師は薄らと目を細める。
「ふん。その必要はあるまい」
その声は、魔神軍師が対峙する、魔物たちの背後から聞こえてきた。
そこからやってきたのは、別の魔物の一団だ。率いているのは、竜の頭を持つ、人型の魔物の巨漢である。
「奴らが結束したとて、いかほどのものか。すでに軍師殿の策に従った結果、二つの巨大王国は滅びた。烏合の衆を滅ぼすのにも、軍師殿の策に従っていればよい」
「トニトルス・・・・・・!」
現われた魔物の一団、それを率いている魔王に対し、魔物たちは息を呑み、同時に敵意を向ける。
場には、一瞬で即発の空気が満ちる。
「黙れ! 今は貴様の意見など聞いてはいない!」
「ふん。我の意見を聞くや否や否定か。私は魔神軍師殿の心中を代弁したに過ぎぬぞ」
「左様。で、ございましょう、軍師殿」
竜人たちは、そう言って魔神軍師に意見を求める。
それに、魔神軍師は即座には答えずに目を細めるだけだ。
「不遜な奴め! 何が代弁だ! 我らは軍師殿に、献策しに参ったのだ! 臆病者の貴様は黙っておれ!」
「臆病者、だと?」
魔物の反論の言葉に、今度は竜人たちが顔色を変える。
正確には、目つきが尖った。
「そうだ! セルピエンテの防備を崩すのに苦戦した貴様如きが、我らに意見など千年早いわ!」
「なるほど・・・・・・貴様、死にたいようだな」
怒気を漏らし、竜人たちは臨戦態勢を取る。
それは、元いた魔物たちも同様だ。
辺りには一瞬で、流血の予感と殺気の奔流が渦巻く。
「やめろ、お前たち。ここで魔物同士が血を流すではない」
そんな両者を、魔神軍師が制止する。
そして、彼らが注目する中で、告げる。
「口論するお主らに、儂の見解を述べよう。確かに、セルピエンテの王族や、マクスブレイズの生き残りを放置するのは若干の不安要素じゃ。これは早めに殺しておくのがよいかもしれぬ」
だが、と彼は言う。
「今はまだ動かずともよい。奴らが結束し、我ら相手に決起したところで、今の奴らには大した勢力にはなるまい。人間どもの多くは、まだ我らの脅威について理解しておらず、把握もしていない。もう少しで、次の一手が成る。次の一手で、人類を詰みにさせることが出来よう。よって、今はまだ動くな」
そのような決定を、魔神軍師は示す。
その決定に、出征を願い出ていた魔物たちは表情をしかめる。
「今動けば、余計な警戒感や人間同士の結束を生みかねぬ。今はまだ動かず、時を待て。奴らを滅ぼすのは、万全の準備をしてからでよい」
「・・・・・・しかし――」
「命令じゃ。大魔神様の役に立つためと、そう心得よ」
「はっ!」
その言葉に、竜人たちは頭を下げる。
一方で、先に来ていた魔物たちも頭を下げて従い、そしてこの場を去っていった。
それを見送った後で、トニトルスは軍師を見る。
「・・・・・・あの者たち、放置してよろしいか?」
そこには、少なからず懸念が込められている。
「彼ら納得していない様子だ。何か、勝手な行動をとるかもしれませんぞ」
「放っておけば良い」
触手髭を弄びながら、魔神軍師は言う。
「もし動いたとしても、手はある。まだ修正の効く範囲じゃ。戦略的にみて、我らの勝利への道筋に支障は少ない」
「本当に、よろしいのか?」
「よい。ただ、警戒してくれるのはありがたい。奴らが直々には動かぬよう、監視したいのならば好きにせよ」
「承知した。では、そう計らいます」
そう言って頷くと、ややあってから竜人たちもこの場を退出していく。
それを見て、魔神軍師は嘆息する。
「まったく。どいつもトニトルスのように従順なら扱いやすいのだがな」
自分以外いなくなったこの場に、思わず魔神軍師の本音が漏れるのだった。
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