対魔物会議の開催―――――――――――――――――――――――――――
67.皆が集えば賢者の知恵
「――ふざけた話もあったものだな」
ナポスの国王との会談を終えた後、リーグとルシラは騎士たちを集めた。
そこで、今し方の会議の内容を伝えると、それに対して所感を、不満げに述べたのは騎士の一人・ビアリだった。
「魔物たちによる被害が少なくすんでいるのは、ひとえに我ら騎士や、自国の兵士たちの活動あればこそだというのに。この国の王は、そんな当たり前のことすら分かっていないのか?」
「こぉらビアリ。そういうことを言っては駄目よぉ」
愚痴めいた色男の言葉に、ラートゲルタが注意をいれる。
「壁に耳あり、と言うわぁ。事実でも口に出してはいけないことはあるものよぉ~」
「ふん。その言い方だと、お前も同じ考えのようではないか」
「お二方。言い争いはその辺に」
言い合いに鳴りそうな雰囲気を察して、ヴィスナが二人を止める。
二人が口を噤む中で、リーグが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまないね。君たちには、迷惑をかける」
「いえ。王子に非があるわけでは・・・・・・」
「そうです。我らの苛立ちの原因は、他の者にあるのであって・・・・・・」
「その他の者を説得するのが、我らの役目であるはずだ」
苦い顔をしながら、リーグが言うと、騎士たちも同じような表情で目を合わせ合う。
騎士たちにとっては不要なことだが、しかしリーグは責任を感じているようだった。
まだ若いのもあってか、繊細である。
「本当にすまない。皆を、常に戦場に送るだけの非力な王子を許して欲しい」
「非力だなんて・・・・・・そんなこと」
「そうですよぉ。王子のお力があればこそ、我らは安心して戦いに出向けるのですよぉ」
「もっとも、それに気づいていない者もいますが。しかし、セルピエンテの従者は、皆王子の努力は分かっています。そう自分を責めないでください」
騎士は皆、そう言って王子をフォローする。
それは決して世辞ではなく、本心からのもので、彼らは王子に非は一切ないと思っていた。
故にその声のひとつひとつに真情が満ちていて、王子も少し安心する。
申し訳なさそうに、リーグは微笑む。
「ありがとう。僕は、いい騎士に恵まれている」
「それはそれとして、王子が持ちだそうとしている交換条件とはなんですか? ナポスの国王たちとの、交渉に用いようとしているようですが?」
ハマーが尋ねた内容に、皆も耳を傾ける。
王子はナポスの国王との話し合いで、何か交換条件として用意しているものがあると言ったという。
それがなんなのか、皆も気になっていた。
リーグは、少しまごついてから言う。
「それは・・・・・・実はないんだ」
「・・・・・・と、いうと?」
「相手には、ナポスの君臣たちには、さもこちらに何か考えがあるように振る舞ってきたが、それはあくまで見栄だ。相手があまりに無謀な動きをしそうだったから、一時的に話をしのぐために、手を打ったにすぎない」
その言葉に、周りは驚く。
幼いながら常に先の一手を打っている事が多い彼が、身もないはったりをかますことがあるのが意外だったからだ。
そのことに、彼の姉であるルシラすら目を丸めていた。
「まさか、本当に何も考えてないのか? お前らしくない」
「・・・・・・一応、考えはあるよ。でも、他力本願ではある」
そう言って、リーグは皆に目を巡らせる。
「すまないが、皆の知恵を貸して欲しい。何か、彼らを説得して、諸国間の会合を進める手立てはないだろうか?」
「なるほど、そういうことですか」
リーグの言葉に、シグが頷いた。
王子は、聡明とは言ってもまだ子供に等しい少年だ。すべてがすべて、自分の中に答えや方策が持てるわけではない。
ゆえに、今回は知恵が足りないことを理解し、皆を頼ってきたのである。
それは、ある意味では子供らしからぬ柔軟な賢明さともいえた。
そのことに周囲が半ば感心する中で、シグは視線をヴィスナに向ける。ハマーも同様だった。彼ら二人の視線に気づいたのか、ヴィスナは少し考える。
この中で、もっとも知恵が回りそうな騎士はヴィスナだ。
彼女の座学、特に外交知識には、騎士の間では定評があった。
「王子。それは、諸国を交渉のテーブルにつかせるための材料ですね?」
「そうだ。何か、彼らが気になるようなものがいい。だが、思いつかないんだ」
「諸国は今、各国が北方の三大国に並ぶための方策を探しているはず――ならば、それを逆手に取るのは、どうでしょう?」
考えながらではあるが、ヴィスナはそう持ちかける。
王子のために、思考をフル回転しているのか、表情は少し緊張している。
「産業・工業・軍事・・・・・・様々な分野で、そう、諸国は技術を欲しているはずです」
「技術?」
「はい。何か、我が国が持っている大きな技術を、他国に披露することで釣るのはいかがでしょうか?」
「なるほど・・・・・・。画期的な文明の利器を何か教えれば、諸国の代表者はこぞって興味をしめすはず」
ルシラが、ヴィスナの案に理解し、納得すると、リーグも頷く。
「流石だ、ヴィスナ。だが、具体的には何を出せばよいだろうか?」
「えっと、それは――」
「それについては、専門家に聞いてはどうですか?」
流石に思考の巡りが鈍くなってきたヴィスナを助けるように、シグが想定案する。
その言葉に、リーグとルシラは不審な顔をした。
「技術を開発する当事者に聞けば、より効果的な技術を選定できるかと」
「あぁなるほど。そういうことか」
シグの言葉に見当がついたのか、リーグは納得した様子だった。
「――それで、私たちを呼んだわけですか」
騎士たちも射るこの場に呼び寄せられたエヴィエニスは、そこで納得の表情を浮かべる。
彼女は、サージェなどの一部練想術士を率いて、この場にやって来ていた。
「あぁ。聞けば、練想術士は大大陸への技術の布教において、より大大陸の文明事情に詳しいと聞いた。その点も考慮して、献策してもらいたい」
「お待ちを。一体誰がそのようなことを?」
「? そこに居るシグだが」
練想術士の一人が問うと、胡乱げにルシラが答える。
その言葉に、練想術士たちは彼を見て表情を渋らせるが、シグはと言うと、いつもの愛想の良い仮面の笑いを浮かべていた。
「今は、全員が力を合わせる時でしょう。ご不満なら後で聞きます」
「・・・・・・不満はともかく、その技術、諸国へ提供する技術は、どの程度のレベルのものがご所望でしょうか?」
「レベル、とは?」
「我らが開発してきた技術は、三段階に分けられます。すなわち、大大陸へ伝来しても問題ない技術から、次いでセルピエンテ国内でのみ運用していた技術、そして、セルピエンテでもまだ実用化されていなかった開発技術の三つがございます」
エヴィエニスが、確認のために説明する。
技術とは言っても、すでに実用化して諸国に伝わり始めているものから、最新鋭でまだ研究段階のものまで様々だ。
その中のどれを、持ち出すべきかの問いである。
「このどれを、ご所望でしょうか。それによって、話す内容が変わります」
「姉上、どうしましょう?」
「うむ。我が国でも実用化されていなかった技術が良い」
即答で、ルシラが言う。
その言葉に、周囲は目を瞬かせるが、誰よりも早く、エヴィエニスが困った様な顔をする。
「姫様。それは、本来であれば他国へも伝えていない、我が国の最新鋭の技術を売ると言うことにあたりますよ?」
「うむ。知っている」
「国家機密を、他国へ売るということを、ご理解していますか?」
「分かっている。それは分かっているがな・・・・・・」
頭の後ろを掻きながら、ルシラは言う。
「今は、もうそんなことを言っている場合ではないだろう。国家機密とは、国あってのものだ。他国までもが滅んでしまってからでは、それこそ手遅れだ。機密であろうがなんであろうが、諸国間で会合を開かせ、そこで国家間の共闘態勢を作れるのならば、惜しむべきではない」
「ですが、もしかしたらその技術売与が、国を取り戻した時に諸国から遅れを取る遠因となり、結果として国を滅亡へ追いやる遠因になるやもしれませんよ?」
「その時はその時だ」
微苦笑を浮かべ、ルシラはエヴィエニスを見る。
そこに映るのは、純然なまでの強い善意と正義だ。
「結果として、世界の多くの民を救えるのならばそれに越したことはない。それに、国を取り戻した時には、その時また、先進的な技術を開発すればよい。お前たち、練想術士の力でな」
屈託なく笑いながら言い、ルシラは首を傾ける。
その言葉に、練想術士たちはなんとも言えない様子で押し黙りエヴィエニスを見る。
エヴィエニスは、半ば呆れながらも微笑む。
「承知しました。では、リーグ王子もよろしいですか?」
「あぁ。聞こう」
「教えるのは、電気技術というものがよいかと。詳しくはこれから述べますが、それが一番、我が国にとって害が少なく、しかしどの国も手に入れたい、国家振興のための技術のはずです」
エヴィエニスは、そう言って普伝する技術について説明する。
同時に、彼女は後ろの部下たちを見た。
それを見て、サージェたちは進み出る。
「電気、というものがあります。これは、簡単に言えば魔力のような流れのある力で、これを利用することで、様々な現象を起こすことが出来ます。たとえば、光を点けたり火を起こしたり、また道具を動かす原動力にもなります」
「これを、ある一箇所で発生させる技術と、それを各施設に伝導させる技術の開発を、我々は実験中でした。その途中経過まででよければ、各国に教える事ができるでしょう」
「それがご不満なら、短時間だけでも発生させ、利用する技術でもよいですが。そちらなら、ある程度理論は構築済みですからね」
サージェに続いて、ヘスベルンとスコットが説明する。
「また、この技術のよいところは、国の生活を豊かにするだけでなく、大陸の環境ではそれを開発するために、各国が連携する必要があることです。延いては、魔物退治との共闘の協定に、応用できるかもしれません」
エヴィエニスは、そう言ってこの技術を推薦する理由を語る。
それは、大変有用な情報だった。
「よし、名案だ。それで行こう」
リーグは、練想術士たちの説明から即座に採用を決める。
この即答と果断さに、練想術士たちも騎士たちも好感を覚えた。
そして、早速ナポスの君臣たちにどう話を伝えるか、皆で案を練り始める。
その後の会合の結果、ナポスの国王も大臣も、その技術を披露することを条件にした諸国の会合を開くことを約束するとともに、さっそく諸国へ案内を触れた。
詳しい日時は決まっていなかったが、協議の日程は、その後早々と決まっていくのだった。
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