66.愚昧な君臣と聡明な王族
「――皆さん、お疲れ様です。姉上、ラートゲルタ、シグにヴォーエル。その他の皆様がたもよくぞ無事で」
西方の村々の救援から戻ってきた騎士たちを、王宮の外まで出向いて迎えたのは、リーグ王子や、ヴィスナなどの留守居の騎士たちだった。
それを、馬上であったルシラたちは下り、感謝する。
「出迎えありがとう、リーグ。お前たちがここに残っているからこそ、我らは安心して戦う事ができた」
「いえ。こちらこそ、姉上たちが戦っているのを聞いて、安心していました」
にっこりと笑い合いながら、姉弟は言葉を交わす。
だが、不意にルシラは真面目な顔をした。
「リーグ。早速だが国王殿に報告しておきたい。向かう間にいろいろと新たな情報があったら教えてくれるか?」
「分かりました。ヴィスナ、国王殿に面会の申請を。その間に、僕の口から姉上にいろいろと話しておきます」
「承知しました」
そう言って、ヴィスナはこの場を後にする。
王宮方面に向かったからには、リーグの命令を執行すると思われた。
やがて、少し間を置いてから、ヴィスナは帰ってくる。
すぐに面会の準備が出来た事を伝えると、リーグから新たな情報を手に入れたルシラたちは、王と会うために、王宮に向かって進み始めるのだった。
「国内のみならず、諸外国においても、魔物の被害は活発化しているようです」
王との謁見の間において、王に仕える臣下の大臣が報告を口にする。
「まだどの国も、大きな被害は出ていないようですが、魔物退治のためにかなり兵力を割いている状態のようですね」
「最近他国間で軍事衝突が減っているが、それは単に、他国の侵攻を企てる者がいないというより、国内の安定化でそれどころではないということか」
大臣からの報告から、国王は思案する。
「どの国も魔物の被害に苦しんでいるか。つまり、いち早くこの魔物をどうにかした国が、競争を抜け出し、大国となる可能性もあるということだな」
「国王殿。そのようなことをおっしゃっている場合ではありません」
少し野心的な考えを覗かせる国王に、忠告のように口を開いたのはルシラだ。
「マクスブレイズ、セルピエンテがいかにして滅びに向かったか、お忘れではございますまい。我らの国もかの国も、魔物の侵攻によって滅びたのです」
「今は自国だけでどうにか出来ても、いずれはどうにか出来ないことになるかもしれません。現にそうして、少し前に滅びたばかりの国があるのです。ここは、出来るだけ早く結束を行なうべきです」
ルシラに続き、リーグが意見を口にする。
年長の大人たちに、年少の少年の少女が意見を口にする少しばかり珍妙な光景だった。
「我らが仲介いたしますゆえ、一度諸外国たちと会合を。そこで結束し、協定を結べば、魔物たちによる民の被害も減らすことが出来るでしょう」
リーグ王子がそう述べると、ルシラも頷きその意欲を見せる。
この国王を動かすにはどうしたらよいか、二人は考えた結果、自分たちが仲立ちとなる形で提案するのがよいと結論づけたのだ。
そんな二人の提案に、王は考える。
「大臣たち、どう思う?」
「聞く必要はございますまい。むやみに他国と結束しようとするのは、弱みをみせるようなものです」
「左様。むしろ魔物如きに他国との協定を望めば、弱国と見なされて侵攻を招く恐れもございます」
あろうことか、王に対して大臣たちはそのように進言する。
それは、世界や現場の状況からして、まったくもって見当違い、的外れな意見であったが、大臣たちはあまりにも自信満々だった。
それが一周して、さも賢明な判断に見えるだから滑稽だ。
リーグたちが内心で臍を噛む中、大臣の一人は更に言う。
「ここは、現状維持を図り、他国が弱るのを待つべきです。手を差し伸べ、協定を迫るのはそれからでも遅くはありますまい」
「他国が弱るのを待つ、だと?」
その一言に、ルシラは目つきを剣呑に輝かせる。
見過ごせない発言だ。
リーグすらも、その言葉に表情を険しくしている。
「弱る、と言うのが具体的にどういうことか分かっているのか! 国が疲弊するのは、国が貧しくなり、人々が困窮にあえぐということだぞ!」
「お黙りなされ、ルシラ王女。そなたの意見とはいえ、あまりに浅慮ですぞ?」
「浅慮なのはどちらだ! 国が違うと言うだけで、人を人と思っていない事の方が遥かに愚かだ! 彼らが犠牲になることを平然と肯定する者が、施政者を名乗るな!」
怒号が響き、大臣たちは思わず口を噤む。
少女の倫理に適った正論と、その気迫に、大臣たちは気圧される。
そんな中で、リーグも彼女をたしなめることなく、むしろ同意する。
「姉上の言うとおりです。そのような考えでは、他国から余計な恨みを買い、また自国民も失望させるでしょう。他国の民であっても、慈しむ君主こそ、人望を獲得できるはずです」
「ふ、ふむ。そうかもしれぬな」
「その上でも、やはり会合をするべきでしょう。人々の被害を、魔物からの犠牲を最小限に抑えるために」
理知的に、リーグはそう説得する。
話の流れではもっともな意見であったため、大臣たちも流石にここで反論はしない。
そんな気骨ある者はいない。
「そ、そうだな。しかし、他国が会合に乗ってくる手立てはあるのか?」
「魔物への被害を減らすため、では駄目なのですか?」
「そうはいかん。それでは、他国も容易には応じまい。何か交換条件を求めてくるはずだ」
王は、そう言って首を振る。
その反応と事実に、リーグは内心呆れそうになった。
この辺りの施政者たちは、どの者も見栄を張っているようだ。
現実では危機が迫っているのにもかかわらず、その内情には目を背けて胸を張ることで、他国に威厳を示しているつもりなのだ。
そうやって威張り散らして、国権を守ることに注力している。
実に、凡庸でかつ愚昧な施政者たちばかりのようだった。
その証拠が、王の次の発言だ。
「まだ、魔物による被害も少ない。それは、この国とて同じである」
「・・・・・・誰のおかげで被害が少ないと思っているのだ?」
小声で、ルシラは目をギラつかせながら呟いた。
もしこれが聞こえていたら、もう少し口論が起きていただろう。
内情でいえば、魔物による被害が少なくすんでいるのは、セルピエンテとマクスブレイズから流れてきた騎士が、半ば自発的に奮戦したこともあってのおかげだ。
また、次に辺境の兵士たちの奮戦あってのものである。
目の前の者たちは、ただそれに対して偉そうに口出ししただけなのにもかかわらず、その事実を分かっていないらしい。
なんとも腹立たしいことであったが、ルシラは声を張ってそのことを糾弾することは流石にこらえた。
言えば、途端に内紛に発展するだろうからだ。
こらえている姉の姿をみて、代わりにリーグが口を開く。
「ならば、何か交換条件を用意すればよいのですね?」
それは、一応は確認であるが、どこか念を押すようでもあった。
「そうだ。何か手はあるのか?」
「今、即座に答えられる手はございません。ですが、少し私たちの臣下たちと知恵を絞れば、解決できる問題かもしれません。少し、お時間をいただけますか?」
「よいだろう。詳しくは、また追って沙汰する」
リーグの確認に、王は鷹揚に頷く。
それを見て、リーグたち姉弟は内心こそどうあれ、深く頭を下げる。
こうして、王の間での会談は解散になったのだった。
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