65.魔物討伐への奔走
襲いかかる牙や爪を防ぐ、あるいは躱す騎士を見て、別の騎士が横手から援護する。
峡谷におけるワーウルフの群れとの戦いにおいて、多くの騎士たちは複数ひと組を作り、上手く立ち回りながら敵を殲滅していく。
魔物との戦いになれている、あるいはもう慣れきった騎士たちは、苦戦することもなく、着実に魔物たちを殲滅し続けていた。
「おい、ハマー」
「なんだ、兄さん」
その中で、一緒にタッグを組んで戦っているハマーとビアリは言葉を交わす。
騎士たちの主力として、すでに十近いワーウルフを仕留めた二人のうち、ビアリが視線を横へと向ける。
そこには、あえて組を作らず一人で戦うシグの姿があった。
「さっきから思ったんだが、シグのやつ、異様に強くないか?」
ビアリは、そんな疑問をハマーに投げかける。
そう言われて、ハマーもそちらへ目を向けると、シグが一人でワーウルフを返り討ちにするところだった。
血飛沫が舞う中で、彼は魔物を両断していた。
「前から、なかなか強いとは思っていたが、あそこまでじゃなかったはずだ。何があった?」
そんなビアリの疑問に、ハマーは苦笑する。
「シグの奴、つい最近まで、本当の実力を隠していたみたいですよ」
「は? なんだと?」
「本気になれば、騎士団でも五指には食い入る実力があったようですが、あまり強いのがばれると、出世が更に早まってしまうからとか、その他いろいろな理由から、隠していたそうです。けど、以前の戦いあたりから、吹っ切れたようですね」
ハマーは、そのように説明をする。
更に詳しく言えば、出世が早まることで、それが実力だけでなく親の七光りによるものと捉えられて親に迷惑がかかることや、自分と近しい者たちがその成長速度に身を引いてしまうのではということなどを懸念し、あえて本当の実力を隠していたのだという。
だが、この前の避難行をはじめとした戦いから、もうそんなことを言っていられないと、本当の実力で戦い始めたようだ。
それを打ち明けられた時、ハマーは今のように苦笑し、ヴィスナは少し怒っていたが、正直に話してくれたことでそれを許していた。
また、彼は素直に言わなかったが、理由の一つに、出世する前に、もう少し自分たちと一緒に仕事がしたかったのでは、ということも感じ取っていたのだ。
「ふざけた奴だ。じゃあ、本当はルシラ王女や俺たちよりも強いというのか?」
「たぶんそうでしょう。本人は、前団長ともそれなりに打ち合えるくらいには戦えると言っていましたから」
少し不快げな兄にそう説明すると、ビアリはそれを聞いて表情を強ばらせる。
そして小声で、「それはもう化け物じゃないか」とまでぼやいていた。
そんな二人の会話が繰り広げられる中、魔物たちは撤退を開始した。
すでに壊滅的被害を与えた魔物たちを、騎士たちはあえて追うことはしない。
一桁まで減って消えて行く魔物たちを前に、騎士たちは勝ち鬨を上げた。
そんな中で、勝ち鬨に加わらず、魔物が消えていった方角をじっと見るシグの姿があった。
ハマーは、そんな彼の表情に気づいて、思わずぞっとする。
その表情は殺伐としていて、深い怒気と激情に染まり、周りに仲間の騎士たちがいないのならば、勝手にそちらへ進んでいってしまいそうなほどに、危うい。
咄嗟に、ハマーは彼に歩み寄った。
「・・・・・・シグ、お疲れ。どうした?」
出来るだけ刺激しないように、それでも心配になって彼は尋ねる。
それに対し、シグはややあってから表情を消す。
そして、仮面の表情すら作らずに、ぶっきらぼうに返す。
「なんでもない。それより、戦いが終わったのだから、引き返そう」
「あ、あぁ。そうだな」
シグの言葉に、ハマーは戸惑いを覚えながらも顎を引く。
団長がいないこの集団では、団長の補佐役の自分たちや、実力者のビアリなどがその統率を任せられている。
戦いが終わったならば、退却の差配もする必要があった。
しばらくして、シグたちはこの峡谷の戦場から離れ出すのだった。
「そちらも無事か。ご苦労だった」
峡谷から王宮へ戻ったシグたちを出迎えたのは、別方面に出撃していたはずのルシラたちだった。
おそらく彼女たちも魔物討伐から帰ってきたのだろう、その身には戦場独特の匂いがまとわりついていた。
「いえいえ。そちらも無事だったようですね」
応じたのは、ビアリだ。
何故かその声に対抗意識があるのは、彼自身が一方的にこの姫騎士を宿敵として意識しているからだろう。
一方で、ルシラはそれに気づいて気づかずか、普通に応じる。
「うむ。皆のおかげで死者も出ずに戦えた。少し、負傷した者がいるのが気がかりだがな」
軽く表情を曇らせながら言うと、ルシラはその視線をシグやハマーに向ける。
「シグ、ハマー。お前たちにも聞きたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「ここの魔物だが、セルピエンテとものと比べて、少し好戦的ではなかったか? 全滅するまでではないが、かなり数が減るまで、こちらに戦いを挑んできた」
そう尋ねられると、シグたちは顎を引く。
二人も、同じ所感であった。
最初、魔物の数は三十近くいたのだが、それが一桁になるまで、決して撤退の構えを見せなかった。普通ならば、賢さもあるワーウルフは、もっと早い段階で攻撃を諦めて撤退しているはずだ。
「好戦的、でしたね。何か、勢いに乗って攻めて来ているような様子にも思えました」
「やはり、そうか――お、ラートゲルタ、戻ったか」
顎に指を馳せるルシラは、そこで遠くからこちらにやって来る補佐の騎士に気づいた。
ほんわかとした感じの彼女が来て、場の空気が少し和む。
「戻りました~。姫様ぁ、ご懸念の通りです」
「ご懸念、とは?」
ビアリが尋ねると、ルシラは答える。
「あぁ。ここの兵士たちに、意見を求めたのだ。もしかしたら、魔物は以前よりも活発に動いているのではないかとな」
「どうやら、その通りのようですぅ。兵士の方々は驚いていましたがぁ、実際にその通りだと口を揃えておっしゃられていました。ここ最近は、魔物たちによる被害が増加しているようです~」
少し気が抜けるのんびりとした口調で、ラートゲルタは報告する。
その言い方に、「その口調はやめろ」とビアリが言うが、ラートゲルタは笑ってごまかす。
一方で、シグとハマーは目を合わせる。
「姫様。そのように尋ねてきた訳を聞かせてもらえませんか?」
「うむ。ひょっとしたら、この国にも、魔王どもの手が伸びているのでは、と思ってな」
やや厳しい顔でルシラは言う。
「我々の国を攻めてきた時も、奴らは突然やって来た。その時、我が国在来の魔物どももいたが、そうでない魔物もいた。もしかしたら、魔王の軍勢の中に、彼らを扇動する部隊がいるのではないか、と」
「・・・・・・これは驚いた。姫様がそんなことにお気づきになるとは」
ルシラの推測に、ビアリが目を丸めて言う。
それは、感心したというより、どこか馬鹿にしているようにも聞こえる。
ラートゲルタがそれに気づいて頬を膨らますが、ルシラは気にしない。
「私が気づいたのではない。ラートゲルタや、エヴィエニスやリーグにも同じ事を言われていたからな。少し前に、そんな可能性があるのではないか、とな」
「各国内の魔物を扇動し、同時に直属の魔物たちで攻め寄せてくる――どうやら、魔王たちの常套戦術のようですね」
これまで聞いた、二つの王国の滅亡過程から、シグはそう推測する。
ただ一方的に侵略するのではなく、内外から攻めてくるというのが、魔王たちの手法のようだった。
「厄介ですね。外からも内からも攻めてくるとは」
「あぁ。何か、こちらも対策を取らねばなるまい。でなければ――」
「皆様がた、よろしいか?」
ルシラが何やらか考えを口にしようとした時、遠くからこちらへやって来る騎士がいた。
背の高く、がっしりとした体格の偉丈夫で、鷹のように鋭い目が印象的だ。
「ヴェーオルか。どうした?」
「報告します。今、近隣諸国から魔物による村々の襲撃が起きていると言う報告がありました。それと同時に――」
少し間を置いて、彼は言う。
「ナポス国内でも、西方面の村々で魔物の襲撃が起きていると。先ほど国王から、救援に向かって欲しいと依頼がありました」
「今からですかぁ?」
男・ヴォーエルの言葉に、珍しくラートゲルタが嫌な表情をする。
東に赴いて帰ってきた直後に、今度は西に向かえというのは、なかなかに酷な話である。
その言葉に、男は申し訳なさそうに頷く。
「分かった、行こう。シグ、編成について具申せよ」
「ならば、先ほどまでここで留守居していた兵士を中心に向かいましょう。今帰ってきた者だけを行かすのは少し無理がありますので」
「だが、それでは村々の救援に足りるか?」
「向かえる騎士は、出来るだけ志願で集めます。無理に戦おうとはさせず、戦意の高いものだけで向かいましょう」
「分かった。では、私は出るぞ」
「姫様は・・・・・・いえ、分かりました。では、ハマーとビアリ殿に留守を任せ、他の者たちで向かいます。俺も同行します。ハマー、いいな?」
「あぁ。無理するなよ、シグ」
頷くと、シグは更に仔細を指示する。
その指示に従い、セルピエンテの騎士たちは、救援のための準備にとりかかるのだった。
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