64.勤勉なる避難者たち
どんなに平和な句で順調な経営がなされている国であっても、国政や市井には様々な課題が山積しているというものだ。
国家の運営においては、財政の問題であったり役人たちの不始末の尻拭いであったり、また市井からの訴えを聞き入れたり退けたりする必要がある。
一方人々の生活においては、市民同士の対立や生活の上での不便さなど、大なり小なり、尽きることなく問題が発生するものだ。
その全てを解決するのは困難であり、時には切り捨てることもある。
それは、非情ながら必要なことだ。
しかしながら、それを少しでも減らす事はできる。
それの手助けを、セルピエンテから来た者たちは、熱心に始めた。
王子や外交官たちは、普段から積み重ねた政務能力で、ナポス王国の王族や政務官に取り入りながら、その職務を手伝う事に従事する。
一方で姫や騎士たちは、福祉事業や力仕事などに、普段から鍛えた腕っ節を発揮していく。
そして練想術士や避難民たちは、己の技能や知識を生かし、王国の人々に知識や技能を教え始めた。
こうして、セルピエンテの人間たちは、熱心にそれぞれが出来ることをし始める。
これに、多くのナポス王国の人間は感心したが、中にはそれを不審に思うものもいた。
そんなある者が、ある時登城していたルシラに尋ねたという。
「貴女がたは、今とても我らを助けてくださる。実に嬉しいことですが、一体なんの企みがあってそのようなことをなさるのですか?」
一国の王女に向けるにしては、その不遜で無礼な問いに、だがルシラは平然と答える。
「別に、不思議なことか? 例えば家を焼かれて隣の家に避難した者がいて、その隣人から生活を助けて貰う時、避難した者がそれに感謝し、無償でそのあてがいに所持を手伝うのは当然な行為だろう? そこに、何か打算が必要か?」
当たり前のことを、何故そのように尋ねるのかといった様子で答えると、それを尋ねた者は閉口して恥じ入ってしまった。
この話は、すぐに当国の人々の間にも広がり、セルピエンテ王国から来た者たちの評判はますますよくなった。
ナポス王国へセルピエンテの者たちが庇護を受け、半月が過ぎようとした頃である。
ナポス王国の国王から、リーグたちが呼び出しを受けた。
執務室へ案内された彼が、一部の騎士とともに、書類に判を押していた国王と向かい合った。
「実は、折り入って頼みがある。聞いてくれるか?」
「何でしょうか?」
内容は口にしない相手に、リーグは即諾せずに内容を尋ねる。
決して拒絶的ではないが慎重な彼に、国王は内心舌を打ちつつ、続ける。
「実は、東の国家群との交易で使う峡谷間の道があるのだが、最近そこに魔物が頻出していてな。その討伐をお願いしたいのだ」
「魔物の討伐、ですか。具体的には?」
内容の説明はあっさりしているが、危険度が明示されないことに、リーグは値踏みする。
聡く尋ねてくる彼に、ナポスの国王は表情に少し苛立ちを見せながら言う。
「商人たちが安心して交易が出来る程度に、魔物を討伐してほしいのだ。魔物は、多い時には数十匹の群れで襲いかかってくるらしい。そいつらを退け、二度と人間に近づけぬよう、殲滅してほしい」
内容は、雑で曖昧なものである。
語彙力がないのか、あるいは意図的に説明を隠しているのかは知らぬが、決して簡単なものではないのだけはあきらかだ
しかしながら、リーグは首肯する。
「分かりました。お任せください。騎士たちを派遣して、役立てましょう」
「うむ。頼んだ」
ようやく引き受けたリーグに、王は満足そうに頷いた。
「あのような申し出を、受けてよかったのですか?」
ナポスの王宮を歩きながら、リーグ王子に付き添っていたヴィスナが尋ねる。
聡い騎士からすれば、国王の指示は曖昧であり、また簡単な仕事のようで、なかなかに危険度もはらんでいる。
あっさり受けてよかったのかどうか、心配する彼女に、王子は答える。
「危険、かもしれないね。けど、これはチャンスでもある」
「チャンス?」
「そう・・・・・・今のセルピエンテは、後ろ盾のない集団だと思われている。だが、ここで魔物をあっさり撃滅できれば、ナポスの人々に、セルピエンテがかなり武力を有している事を喧伝出来る」
そう言って、リーグは微笑む。
「それを上手く利用すれば、ナポス王国の重鎮たちの所感も変えられる。我らを無下に扱うことが出来づらくなる。言うなれば、今回の依頼で示威行為が出来るというわけだ」
「なるほど・・・・・・そこまで考えてらっしゃったのですね。流石です」
感嘆するヴィスナに、リーグは微笑む。
「これで、僕らの民の立場もよくなるだろう。否、よくせざるをえなくなるだろう。ただ、すべてはこの依頼の達成にも懸かっている」
「おっしゃるとおりです。必ずや、完遂してみせましょう」
「うん。頼んだよ」
リーグの言葉に、ヴィスナはしっかりと頷く。
すべては、リーグの目論見どおりに事を進めるため、ヴィスナは万全の準備を行なうように、思案を巡らすのだった。
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