第4章
小国家・ナポス王国――――――――――――――――――――――――――
62.白痴との遭遇
大大陸の南部には、小さな国家群が乱立している。
極北には東西に伸びたリドニーク帝国、その南方には西にインシェーニ王国、東にポリスピア共和国があり、その更に南部と帝国の南東に様々な国家が点在しているというのが、大大陸の現在の国家情勢だ。
その大大陸の西に、北と南でそれぞれある大陸が、マクスブレイズとセルピエンテであったが、そこを統一していた国家は、すでに魔物たちによって陥落した。
それでも、現在世界には三十近い国が存在していて、大大陸南部には、そのうち十五程度の国家があった。
シグたちが辿り着いたナポス王国も、そのうちの一つである。
国土の半分近く、特に東部がほぼ渓谷というその国は、小さい国土の中で、各地の要衝を上手く使って生き残ってきた歴史の長い国だ。
そんな国の王宮は、セルピエンテなどと比べれば見劣りするものの、白い石造の建築物となっていた。
その王宮の中を、ルシラはエドワード団長やラートゲルタたち騎士と共に進んでいた。
「姉上!」
声は、ルシラたちの向かいから聞こえた。
その声に目を向けると、ルシラは喜色と、安堵を浮かべる。
互いに早足になりながら、近づいた。
「リーグ。久しぶりだな」
「はい。姉上、ご無事でなによりです」
二人は、そう言って再会を喜び合う。
セルピエンテの南部の漁港都市群は魔物によって壊滅されたが、リーグたちは奴らが襲撃するよりも早く、そこから大大陸へ渡っていた。
外交使節を伴った彼らは、魔物が襲撃してくるよりも早く、セルピエンテを発し、今まで大大陸の諸国との交渉を行なっていたため無事だったのである。
「姉上。その・・・・・・王国の惨状は、風の噂で耳にしました」
少し表情を曇らせて、まだ少年の王子は言う。
「よく、生き延びて国をお脱しになられました。父上の安否が気になりますが、万が一父上に何かがあっても、我ら姉弟が力を合わせればなんとか出来るかもしれません」
最悪、父である国王に何かがあってもと、王子は気丈に振る舞う。
この辺り、この少年はよく出来ている。
まだ十五も満たないが、それでも王位継承者として、君主の器の片鱗を窺わせた。
「今は辛い時かもしれませんが、逃げてきた民はもっと辛いはずです。我らで、彼らを助けなければ」
「・・・・・・あぁ。その通りだ。お前のような弟がいてくれて、私は心強い」
王子の言葉に、ルシラは奮い立つ気持ちで応える。
苦しく辛い時だが、今はまだそれにへこたれている場合ではないのだ。
それを再確認し、二人はこの国の国王が待つ、謁見の間へと向かった。
「難民の受け入れは一時的なものであり、永続的なものではない。彼らをこれよりどう扱うかは、政務官たちとの協議の上で決定するつもりだ」
ナポス王国の国王との対談で、そんな厳しい言葉を、リーグとルシラは差し向けられた。
セルピエンテから連れてきた人々は、ナポスでは『難民』と称され、今は暫定的に保護されている。が、その特別処置も長くは続けないというのが、王国の施政者の決定だった。
このぞんざいな扱いに、しかしルシラはぐっとこらえる。
本当は声を荒げて抗議したかったが、ラートゲルタたちに事前にこういった発言も飛んでくるかもと忠告されていたために、なんとか堪えることが出来た。
以前までの彼女なら、分かっていても怒声を飛ばしていただろうが。
「それは、何故?」
代わりに、念のために尋ねる。
リーグが事前にこの国へやって来た段階で、彼の口から避難民の受け入れは了承してくれるように説得があったはずだ。
それ自体が無意味だったとは思えず、彼女は確認を図った。
「確かに、そちらの王子から事前に説明はあった。だが、なにぶん火急の要求故に、こちらも判断は難しかった。それに続いて、王女が難民を連れての来訪である。こちらの返答も待たずに、実際にやって来るとは無礼極まりない」
「それについては、申し訳ありません。ですが、こちらの状況的に、返答を待つ時間はなかったのです」
「はい。それについても把握はしております」
頷き、「ですが」と国王は言う。
「そちらの国の事情に鑑みて、我らは国家運営をしているわけでもありません。我らには我らの国を治める秩序がある。それを、貴方がたの事情に則して変えるつもりはありません。その道理はないことは、分かりますね?」
「・・・・・・はい。おっしゃるとおりです」
「言うなれば、貴方がたは家を焼かれてとなりの家に押し寄せてきた隣人です。それにはある程度同情はしますが、しかし扶養の義務は我々にはない。別の家へ追い払っても、別段おかしなことではないでしょう」
「それは・・・・・・!」
「例え話です。そこまで薄情なことはしませんよ。ですが、いつまでも特別扱いはできません。よって、難民をどう扱うかは、我々がおって沙汰いたします」
そう言って、国王はそれが決定だと告げる。
「確かに、セルピエンテにはいくつもの技術を提供して貰った恩はあります。おかげで国は豊かになりました。ですがそれもこれまでのこと。これからの貴方たちとの付き合いに、それ以上の価値を見いだすことは困難です」
国王が何気なく言ったその言葉に、リーグとルシラは目を剥く。
だが、国王は気にしない。
「ある意味、貴方たちの命運は我々が握っているのです。少なくとも、我らが庇護している間は、勝手な真似はなさいませんようにお願いします」
「それが・・・・・・貴方がたの本心か?」
ルシラは身体を震わせ、耐えるようにしながら、しかし言葉は口をつく・
「恩着せがましいことを言うつもりはないが、旧恩を忘れ、相手を見下すのが、一国の施政者のすることか?」
「姉上!」
憤激から言葉を紡ぐルシラを、リーグは咎めるように呼ぶ。
そして、彼は慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません。姉が失礼なことを申しました。ご決定に従いますので、しばらくの滞在をお許しください」
「・・・・・・うむ。承知した。王女の暴言は聞かなかったことにしよう。我らは寛大なのでな」
そう言って、ナポスの国王はふんぞり返る。
「詳しくは、大臣たちが説明する。では、私はこれから政務として狩猟――魔物退治に出ねばならないので、この辺で失礼する」
そう言って立ち上がった国王に、リーグとルシラは頭を下げて見送った。
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