60.ぶちかますとき

「無事ですか? 助けにくるのが、遅れました」

「――シグ? どうしてここに?」


 突然の登場、あるいはその出現に、エヴィエニスは大いに驚く。

 続いて、彼女は緊張が僅かに緩んでしまったのか、脱力して膝から崩れ落ちそうになった。

 それを、シグは急いで支える。


「遺跡にいた時、ルメプリア殿が妙な気配がこっちに向かっていると口にしたんです。いわく、邪悪でヤバイ気配が向かっていると。だから、断りをいれて、先行してきたんですよ」


 そう言うと、彼はゆっくりとエヴィエニスを地面に下ろす。


「なんとか、間に合ったようでよかった。おかげで、死なれずに済んだようです」

「その口調、やめなさい」


 シグの言葉に、エヴィエニスは何故か少しぶっきらぼうな声を返す。


「こんな窮地でまで、気を遣わなくて結構です」

「・・・・・・そうか。すまなかったな、待たせて」


 彼女の張りように、シグは思わずそう言って微笑んだ。

 だが、すぐにその表情を消して、魔王を見る。


「お前も、魔王か?」

「いかにも。貴様は・・・・・・なかなか出来そうだな」


 言って、魔王は愉しげに嗤う。


「女と違って艶はないだろうが、貴様みたいな餓鬼を苦痛で叫ばせるのもまた一興か」

「黙ってろ、クズが」


 吐き捨てるように言って、シグは剣を構える。

 そして、相手の隙を窺い始めた。


「待ちなさい、シグ。そいつには、まともに打ち合っても勝てません」


 敵と対峙するシグに、エヴィエニスが制止をかける。


「私も、少ししたら参戦します、だから――」

「大丈夫。作戦ならある」


 なんとかシグが一人で立ち向かうのを食い止めようとするエヴィエニスに、シグは小声で応じる。


「本当は一緒にこられたかも知れないが、運ぶのに手間がかかったんだ。もう少しで、到着する」

「? 何がです?」

「とっておきさ」


 そう言って、彼はエヴィエニスの肩を軽く押さえる。

 休め、と言う意味らしい。

 実際に、彼女はそれに従う気はなかったが、しかし傷の具合からか、彼女は地面に座り込んだ。

 そんな中で、シグは魔王へ進み出る。


「一つ、聞いていいか?」

「なんだ?」


 応じた魔王に、シグはすっと目を細める。


「お前みたいに、四つ腕を伸ばした別の魔物は来ているか?」


 その問いに、相手は眉根を寄せる。


「・・・・・・アスラビルのことか。あいつなら、今頃セルピエンテで残党狩りを行なっているはずだ。それがどうした?」


 言ってから、エビレグルは何かに気づいた様子で、ニヤリと嗤う。


「そういえば、奴は先にあの大陸に潜入して、魔物たちを扇動するとともに、逃げる人間を襲ったのだったな。どうした。誰か知っている人間を失ったか?」


 歯を剥いて、魔王は嗤う。

 それに対し、シグは失笑を返した。


「教える義理はねぇな。じゃあ――くたばれ」


 言うや、シグは地面を蹴って魔王に向けて肉薄する、

 一瞬で間合いを詰めた彼は、そこから高速の斬撃を連続で振り抜く。停滞なく立て続けに叩き込まれる斬撃を、魔王は一気に後退して躱す。


「速いな! だが、我を仕留めるにはまだぬるい!」


 そう言って、返す刃のように魔王はシグへ殴りかかる。

 四本の腕の凶爪の斬撃に、シグは躱すようなことはせず、防御しながら後ろに引く。剣で打ち止めながら引いた彼は、甲高い音と火花を散らしながら後退し、相手を引き込む。

 そして体勢が整うや、間合いに踏み込んできた相手へ斬撃をお返しする。

 それにエビレグルは退き、距離を置いて体勢を整えるや反撃を――その繰り返しだ。

 互いに、文字通り一進一退を繰り返しながら、両者はせめぎ合う。

 その様子を見て、エヴィエニスは息を呑む。

 セルピエンテで彼の戦いを見た時は、すでに怪我を負った状態であったが、今は回復している。

 その動きぶりは、その時と比べても明らかに速く鋭い。


(タイプは違いますが、この強さはロミアさんに引けを取りませんね・・・・・・)


 そう、内心感嘆の思いを抱くが、それにしても疑問がある。

 何故、魔王とここまで渡り合うほど強いのかということだ。

 動きが的確なのは、おそらく訓練の賜物なのだろうが、身体能力の高さは少し常人よりも上に位置している。

 若者とはいえ、少し人間離れしているようにも見えた。


(・・・・・・まさかとは思いますが――)


 そこで、エヴィエニスはある可能性に気づく。

 しかし、それについて思考を割いている時間はなかった。

 互角の戦いを演じているように見えたシグが、急に大きく距離を取った。

 そして、荒く息をつく。

 見ると、戦いの最中に負っていたのか、頬や腕などに鋭い爪痕が残っていた。そこから流れる微かな血を、彼は拭う。


「ふははは。なかなかいい動きをするではないか、人間!」


 一方で、魔王・エビレグルには大した傷の痕は見られない。シグの攻撃をすべて爪で受け、あるいは躱したのか、無傷に等しかった。

 やはり、魔王とあって実力は次元が違う。

 まだまだ底が見えぬだけの、恐ろしさがあった。


「だが、我を倒すにはまだ足りぬな! もっと修練を積んでくるがいい――もっとも、積む場所は地獄だがな!」

「よく喋る魔王だ。黙っていろ。威厳が下がるぞ」


 愉しげな魔王に、シグはぼそりとした声で返す。

 もっとも、その声には深い怨念が籠もっている。出来ることなら、今すぐにでも目の前の魔王を切り伏せたいという願望が、声には満ちていた。

 そんな両者の対峙を、エヴィエニスが見守っていた時だ。


「シグ! エヴィー!」


 対峙する両者の向こう側から。こちらに向かって声が届く。

 その場の者たちが振り向くと、そこからは複数の人影が現われた。

 サージェたちと、マクスブレイズの騎士たちである。

 走って来る彼女たちは、後ろに続く複数の騎士たちが何かを持ち抱えている。

 その光景に怪訝を抱くエヴィエニスの前で、サージェが遠くから声を張る。


「二人とも無事?! 今来たよ!」

「サージェ! こっちに来ては――」

「来たか。ぶっ放す準備は出来ているか?!」


 止めようとするエヴィエニスの声を、意外にも舞っていたかのように遮ったのはシグだ。

 それに、エヴィエニスが瞠目する中、サージェは頷く。


「うん! 任せて!」

「よしっ――頼んだ!」


 言うや、シグは魔王から離れ、横へ走り出す。

 そこには、横たわったまま状態だけ起こして戦いを見ていたラートゲルタがいたが、彼は駆け寄るや彼女を抱き上げる。


「きゃっ?! ちょ、ちょっとシグくん?!」


 驚くラートゲルタだが、しかしシグは彼女の反応を歯牙にも止めず、エヴィエニスの方へ走ってくる。

 その動きに、魔王は余裕のつもりか、何をする気かと注視したまま立ち止まっていた。


「エヴィー、動けるか? あるいは、伏せてろ!」

「何故です?」

「今から、敵を一掃する!」


 彼がそう言っている中、サージェたちはすぐさま運んできた物をその場に置く。

 持ってきたものの正体は、シグたちが遺跡で見つけた、細長い筒状の機関を持つ、物品である。

 それの先端を、騎士たちは横手で騎士と戦うために空中にいる魔物の群れへ照準する。


「? 何を・・・・・・?」

「まぁ見てろ・・・・・・サージェ!」

「うん・・・・・・!」


 シグの声に、サージェは頷く。

 そして、シグは発する。


「ぶちかませ!」


 彼の号令に応えるように、直後轟音が響き渡った。

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