神の遺産、炸裂――――――――――――――――――――――――――――

59.血まみれの防戦

 空からやって来る敵を打ち払うのは、かなり難しい。

 次々と現われた魔物たちは、すべて鳥と人の中間を取った姿形をしていて、凶悪な爪や嘴で騎士たちに襲いかかる。

 それに対し、騎士たちは苦戦を強いられていた。

 ただでさえ不利な相手の戦い方に加え、数の上でも向こうが優勢である。

 続々と下降してきて攻撃し、即座に反撃を躱して飛翔していくという戦い方に、戦える騎士たちはじわりと数を減らしていく。

 その中で、ルシラは奮戦していた。周りが彼女を守りつつも、彼女を狙う魔物はいる。

 そんな相手を、時に攻め、時に仲間と共に防ぎながら、彼女は戦う。

 が、それでも不利であるのに変わりはなかった。


(くそっ・・・・・・! 相手からの攻撃待ちというのは極めて不利だ!)


 そう考えながら、彼女は必死に打開策を探る。

 ここで足止めを喰らっているわけにはいかない。

 一刻も早く、ラートゲルタたちを援護する戦況へ、持って行く事だけを彼女は考えていた。




 エヴィエニスとラートゲルタの二人は、魔物を率いる魔王・エビレグルに代わる代わるで斬りかかっていた。

 風を操り、宙を舞うように飛び上がったエヴィエニスは、そこから槍の刃を射出する。上空から飛んでくる刃をエビレグルは躱すと、自らも飛翔してエヴィエニスに迫った。肉薄した奴は、鋭い四本の腕の爪でエヴィエニスに斬りかかり、それをエヴィエニスは後退し、地上に降りて回避した。

 地上へ降りた彼女へ、魔王は翼を広げる。そして直後、その翼から見えざる何かを放った。

 エヴィエニスはそれにほんの一瞬遅れて気づくが、間に合わない。

 発生したのは衝撃波で、エヴィエニスはそれをまともにくらい吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった後、側頭部を抑えながら咳き込んだ。

 悶絶する彼女に、エビレグルは迫った。

 翼を地面と平行に広げて飛んできた奴は、その爪でエヴィエニスを裂かんとする。

 それを遮ったのは、ラートゲルタだ。


 踊るように華麗に降り立った彼女は、そこからおっとしとした顔つきから見合わぬ鋭い斬撃を、エビレグルに叩き込む。数閃の鋭い斬撃に、エビレグルの影は引き裂かれる。しかし手応えはなく、ラートゲルタは瞠目、直後に背後をエビレグルに強襲された。

 当てつけのように返された爪の斬撃に、ラートゲルタは切り裂かれる。防刃性のある騎士団服がいくらか威力をそいだものの、服は裂かれてそこから背を抉り、ラートゲルタは血飛沫をあげながら前のめりに地面へ叩きつけられる。

 くぐもった悲鳴の後、彼女は振り返りざまに斬撃を放つが、エビレグルは軽々と躱して後退した。

 そこへ、エヴィエニスが迫る。


 エビレグルの移動先を見抜いた彼女は、地面を蹴って迫るや刃を突き出す。背後から胸を貫こうとした鋭い刺突で、相手が躱そうとする間も与えぬように、至近距離から刃を射出させる。矢のような勢いで飛び出た穂先の刃は、魔王の身体を穿つ。

 血飛沫はあがらず、手応えもなかった。

 エビレグルは直前でそれに気づいた瞬間、凄まじい速度でそれを回避し、エヴィエニスの横手へと躍り出る。そしてそこから身体をひねるようにして翼を振るい、再びの衝撃波を叩きつける。

 横手からカウンター気味に放たれた衝撃波に、エヴィエニスは衝突して横転、勢いよく叩きつけられて地面を転がる。その際にこめかみ辺りを切って出血する中、彼女は体勢を立て直し、膝立ちで身を起こす。

 流れ落ちる血で顔半分が染まる中、それを拭いつつ、エヴィエニスは歯を軋ませる。


「ぐっ・・・・・・まずいですね」


 切った傷を抑えながら、エヴィエニスは肩で息をする。

 出血と負傷により、息を荒くしながら、彼女は魔王を睨みつけた。


「どうした? こんなものか? やはり、セルピエンテの者たちの実力もこの程度のものか!」


 エヴィエニスの睥睨に、魔王はその勇敢さを嘲るように嗤い声をあげる。


「王都での戦いも実に情けなかったぞ。残った兵士や魔道士どもも弱く、我らに蹂躙されるほかなかった。全員、最後は嘆き、恐怖に顔を引き攣らせながら死んでいったわ!」


 その時の光景を思い出したのか、魔王は肩を揺らして嘲笑する。


「中には、『こんなはずでは』だの、『死にたくない』だの見苦しく足掻いていた者もいたな。他にも、『騎士団長』とか、『宗領』とか叫びながら死んだ者もおった。さて・・・・・・他になにが聞きたい?」

「っ、黙りなさい!」


 死んだ者たち、最後まで戦った者たちを侮辱する魔王に、エヴィエニスは憤激し、風流槍を突き放つ。空を裂いた刃は、先ほど以上に鋭さを増してエビレグルに襲いかかる。

 だが、エビレグルはそれを、身体を捌いて軽々と躱すや、一気にエヴィエニスとの距離を詰める。


「弱い! その程度で我を倒せると思ったか?!」


 距離を詰めるや、エヴィエニスに対して魔王の爪が襲いかかる。それをエヴィエニスは防ごうとするが、間に合わずにその身を斜めに引き裂かれる。彼女の服も騎士団服同様の防御性があるはずだが、にもかかわらず服はあっさり破壊された。

 血飛沫をあげながら、エヴィエニスは悶絶して膝を折りかける。

 それを遮ったのは、エビレグルだ。

 奴は彼女の頭を掴むと、強引にその身体を上へ持ち上げる。


「苦しみ、足掻け!」


 そう言って、魔王の三本の腕が一斉に、エヴィエニスの華奢な身体に叩きつけられる。それに、彼女はどもった苦悶の声をあげた。


「ぐ・・・・・・やめ――」

「ふはははははは!!」


 止めようとするエヴィエニスに、魔王は哄笑しながら、更に拳を叩きつける。

 何度も、何度も何度も何度も――エヴィエニスはその身に魔王の並ならぬ膂力の拳を受け続ける。

 その残虐な攻撃に、エヴィエニスは意識を混濁させ、口から大量の血の泡を吐き出す。

 このままでは、撲殺されかねない光景に、ラートゲルタが急ぐ。


「エヴィーさんから、離れなさい!」


 魔王に迫った彼女は、その鋭い斬撃をエビレグルに向けて放つ。

 それに対し、エビレグルは嬲っていたエヴィエニスを横手へ放り捨て、ラートゲルタの斬撃を躱す。

 そんな相手へ、ラートゲルタは止まることなく攻撃を仕掛ける。

 鋭い斬撃を止めることなく、繰り返し放ち、一太刀でも魔王に与えようとする。当たれば、確実に肉を裂きを骨を断つだけの威力がある斬撃だった。

 しかし、それもことごとく躱され、後ろへ後ろへ避けられていく、

 それに、ラートゲルタがほんの一瞬焦りを覚えた瞬間、エビレグルはそれを見抜き、ラートゲルタの斬撃を躱しながら彼女の背後へ周り込む。


「しま――」


 失策に気づいた瞬間、ラートゲルタは魔王に組み敷かれる。二本の腕で彼女の背を押し、残る二本の腕が彼女の両腕を絡め取る。

 そして、彼女の背中と腕の関節を、極めて外す。

 グキッと関節が外された瞬間、その凄まじい激痛から、ラートゲルタは普段では考えられないような甲高い悲鳴を上げる。


「はっはっは! 良い声で鳴くわ! もっと聞かせろ!」


 愉快げに哄笑をあげ、エビレグルは手を離すと、苦しみ悶えるラートゲルタを爪で斬りかかる。そして、彼女の身体を引き裂きはじめ、その身体を血潮で染め始めた。

 鋭い爪の斬撃に、すでに半壊していた騎士団服は機能せず、彼女はその身体をズタズタに裂かれていった。

 それを見て、倒れていたエヴィエニスは立ち上がって槍の刃を飛ばす。直線的ではなく、曲線的に飛ばした刃はエビレグルを襲うが、エビレグルはそれを軽く躱し、翼から衝撃波を飛ばす。すでに余裕がないエヴィエニスはそれをまともに食らい、吹き飛ばされた後、再び地面に横転してしまう。


「さて? どちらが先に死にたい?」


 倒れたエヴィエニスに、魔王は尋ねる。

 奴はラートゲルタの頭を持って引きずりながら、エヴィエニスに近づいていく。

 それに対して、エヴィエニスは急ぎ立ち上がるが、足に力が入らない。

 出血とダメージで、彼女の足はガクガクと震え、まるで生まれたての子鹿のようになっていた。

 そんな情けない様を見て、魔王は愉快げに嗤い、呻くラートゲルタを、あえて思いっきり横手へ投げ捨てた。


「まぁいい。まずは活きのいい貴様からだ」


 受け身も取れずに叩きつけられたラートゲルタを尻目に、魔王はエヴィエニスに肉薄する。

 その接近に、エヴィエニスは死を覚悟しつつも、槍を構える。

 敵の一瞬の隙をつくしか、その一縷の希望にかけてエヴィエニスは諦めずに戦おうとしていた。

 そんな最中である。

 突然、横手から迫った影が、エヴィエニスの前へ立ち塞がり、魔王に対して斬りかかる。

 その斬撃の鋭さと身の速さはラートゲルタの比ではなく、魔王は咄嗟に後ろへ後退する。

 攻撃は牽制だったのか、また目的はエヴィエニスを助けることだったのか、斬撃を放った相手は追撃には出ない。


「っ! なんだ貴様!」


 魔王は突然の闖入者に、憤激の声を放つ。

 一方で、エヴィエニスは瞠目する。

 そんな中で、乱入した人物は息をついてから、一言返す。


「セルピエンテの、騎士だ」


 そう名乗ったのは、青年の騎士、シグであった。

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